初田ハートクリニックの法度

「根津美さん。ちょっとお使いを頼めるかな」
「はい、何をしましょう?」

 点滅する録音ボタンを見ながら、初田がネルに手招きする。

 秀樹のように精神科医をペテン師呼ばわりして突撃してくる者は少なくないため、防犯機能付き電話の録音機能は常にオンになっている。

 初田は電話機からメモリーカードを抜き取り、パソコンにデータを移した。

 CD-ROMに焼き付け、ディスクのメモ欄に電話が来た日時を書いてネルに渡す。

「ちょっとひとっ走り、児相(じそう)に行ってきて」

「わかりました!」

 ネルはバッグを取って来て、すぐにクリニックを出た。

 保護者は子どもが病気になったとき、適切な治療を受けさせる義務がある。

 診療予約の日に家に閉じ込めて通院を阻むのは、育児放棄(ネグレクト)に属する。

 四十八時間ルールと言って、児童相談所は虐待死を防ぐため、通報から四十八時間以内に当該児童の様子を確認することを求められている。

 この通話音声で児童相談所が動いて、可能なら今日にでもコウキを保護してくれることが望ましい。

 食事と風呂などの基礎生活部分はキチンと与えられている。肉体的虐待と違って目に見えないため、保護までは行かない可能性もある。

 通報することで病院に行かせない行為は虐待にあたると、秀樹が気づいてくれることを願うばかりだ。

 だが、児相に通報されたことで逆上するケースもあるから、難しいところではある。