初田ハートクリニックの法度

「腕を見せてください」

 腕まくりをして初田に両腕を差し出す。

 大きくて温かな手が、アリスの手首をとらえる。

 手首から二の腕付近までついているカッターの傷痕を診て、アリスの手を離した。

「この二週間はあまり傷を作らなかったようだね。よかった」

「初田先生って精神科医じゃなかったの? 切り傷を診るのって外科だよね」

「前期研修ーーいわゆる研修医時代に内科、外科など一通り履修して、ようやく精神科医になるための専門研修がはじまるんだよ。つまり、このくらいの外傷なら内科医や精神科医も診ることができる」

「へー。意外」

 初田が胸ポケットからペンライトを取り出し、アリスに口を開けるよう指示する。

 アリスの口内と喉を確認して、カルテに書き込んだ。

「吐き出すことが減ってきたのかな。声が前回来たときよりなめらかだし、喉と口内も荒れもない。いい傾向だ。よくがんばったね」

「どーも」

 褒められなれていないため、アリスはどう返答していいのかわからず視線をそらす。

 どこまでも不器用で可愛げがない、うまく生きられない自分が嫌になった。

「言ったでしょう。アリスさんはもっと自分を褒めないと駄目だって。前回来たときから今日までで、食事はなにを()ったかな」

「摂ったって言えるのかな。……ホットミルク。受付の子がくれたハチミツを入れて、毎日一杯ずつ。それから、冊子に載っていた、ヨーグルト、バナナをすりつぶしたやつを朝にちょっとだけ」

「少量でも、食事を摂ったのなら進歩だよ。前よりもめまいや動悸が減って、イライラしにくくなってきたでしょう。偉い偉い」