初田ハートクリニックの法度

「それに、お腹の中から温まると寒いのが和らぎます。ホットミルクは心が落ち着く効果もあるんです。おかわりも作るので、足りなかったら言ってください。要らないなら、あとで私が飲みます」

「あ、りがとう」

 医者以外の他人と中身のある会話をしたのは、どれくらいぶりだろう。

 アリスの冷え切っていた指先は、カップの熱でじんわりと温まった。

 ひさしぶりに、少しは胃に入れて良いかもしれないと思い口をつけた。

 熱すぎないほどよい温度で、甘いミルクが喉を通っていく。

 それを見届けて、ネルはゆっくりした口調でアリスに聞く。

「痛くないですか」

「べつに、腕を切るなんていつものことだし」

「腕だけじゃなくて、ここ」

 ネルは自分の左胸に手を当てて、目を細める。

「アリスさん、とても辛そうなので。悩みがあったら初田先生になんでも言ってくださいね。男性の先生に言いづらいことなら、私にでもいいです」

「あんたはただの受付で、あたしは次来るかも分からない人間。どうしてそこまで親身になれるの。なにが目的?」

 アリスなら、仕事であってもこんな面倒くさい人間に関わり合いたいと思わない。

 あの家庭教師がそうだったように、アリス自身もこんなに偏屈で卑屈な人間と話すなんて願い下げだ。

 古くからの友だちにするように優しくしてくれるネルのことが理解できなかった。