初田ハートクリニックの法度

「そういう答えだってわかってたさ。根津美はいつもお兄さんの話ばかりしていたから」

「にいさんには、感謝してもしたりないから」

 いつもそばにいて、まぼろしと現実を区別できるように、ネルが確かにここにいるのだと呼びかけてくれる。

 だからネルは安心して歩ける。

 大切にしてもらえた分、ネルも初田に返したい。

 初田が迷うときは道標になりたい。

 初田のクリニックで働くのも、導いてもらったお礼と、同じように迷う人を導く手助けをしたいから。

 初田との関係は、親子ではないし兄妹ではない、友だちとも恋人とも違う。

 分類する言葉がみつからない、不思議な形をしている。

 ネルの言葉に、東堂は苦笑する。

「俺に対する『感謝』と、お兄さんに対する『感謝』ほんとうに同じか考えてみなよ」

「うん。よくわからないけど、考えてみる」

 成人式が終わってから、ネルは同窓会を辞退してまっすぐクリニックに帰った。

 初田がお茶を用意して待っていてくれて、伸ばした手を取ってくれる。

 ネルの胸は温かいもので満たされる。

「ただいま、にいさん。にいさんは今、ここにいる?」

「はい。わたしはここにいて、ネルさんと手を繋いでいますよ」

 出会った頃から変わらない、柔らかい笑顔で答えてくれる初田。

 これからもネルが聞くたびに答えてくれると信じられる。

 この気持ちに、関係に、なんと名前をつけるべきか、ネルは考え続ける。

 閑話3 名前のつけられない関係 終