初田ハートクリニックの法度

 初田と全く同じ声なのに、出てくる言葉はけだる気で乱暴だ。

「ごめんなさい、ひとちがいでした」

 頭を下げて急いで横断歩道を渡りきる。

 道の端に立ち止まって携帯電話の短縮1を押した。

 二コールですぐに相手が出る。

「初斗にいさん、初斗にいさんはいま、家にいる?」

『どうしたんですか、ネルさん。ちゃんと家にいますよ』

 さっきすれ違った男は横断歩道の向こうにーーいや、いつの間にか、ネルのすぐ前に立っていた。

 恐怖で体がこわばる。

『ネルさん?』

「いま、初斗って言ったな。お前、初斗の女か。こんなボケッとした小娘がいいなんて、意外な趣味だな」

 平也はネルの携帯電話を奪い取ると、電話の向こうの初田に呼びかける。

「よう初斗。久しぶり」

『……兄さん!? なんでネルさんの携帯に』

「へえ。こいつネルっていうのか。まあいいや。噂で聞いたけど、お前も医者やってんだって? 血は争えないねえ」

『兄さんと血が繋がっているのを今ほど嫌だと思ったことはないよ。さっさと出頭してくれないかな』

「けっ。お前は昔っから説教ばっかでイヤんなるぜ」

 平也はネルに携帯を投げ返して、どこかに行ってしまった。

 震える手で、ネルは携帯を握りしめる。