初田ハートクリニックの法度

 歩行者信号が青になり、歩き出す。

 向かいから歩いてきた男に、ふと視線が行く。

 マスクで口元を隠していて、服装は黒いカッターシャツにジャケット。

 ぱっと見の年齢は四十手前。

 目元は初田を鏡映しにしたような、端正なつくりをしている。

 初田はウサギマスクをかぶるようになるまで、普通のマスクで口元を隠していた。

 だからマスク姿もよく覚えている。

 顔だけならそっくりそのまま初田なのに、まとう雰囲気はまったくの別物。

 近づくだけで凍り付いてしまいそうな、冷たい空気がある。

 目の前の人はネルを見ても素通りしようとしている。

 ネルはすれ違う前に、男に声をかけた。

「にいさんは、ここにいますか?」

 男は怪訝そうに眉をひそめた。

「誰だお前。俺に妹なんていねえよ」