初田ハートクリニックの法度

 嫌な視線を感じながらも、ネルは黙って教科書を鞄につめて教室を後にした。

 ナルコレプシーの薬を飲んだのが朝七時半。

 いつも通りの効き目なら、もうそろそろ薬が切れてくる。

 できる限り学校に迷惑をかけないと決めているので、ネルは急いで靴を履き替えて駅に向かう。

 ネルがマンションに帰る頃に初田も帰ってくる。

 とくに理由がなければ夕飯を分担して作るから、遅くなっては悪い。
 
 改札をくぐったとき、いつも乗っている電車がホームに入るアナウンスが聞こえて、ネルは焦ってしまった。

 エレベーターはサラリーマンや学生がたくさん並んでいて、順番が回ってきそうもない。

 できるだけ階段は避けるように言われていたけれど、考えた末に階段を駆け上がる。

 まずい、と思ったときにはもう遅かった。

 地面がぐらりと揺れるような感覚を覚えて、手すりを掴む。いや、掴もうとした手は、地面に落ちた。

 発作だ。

 座り込んでしまったネルのそばを何人もの人が通り過ぎていく。

 ちらりとネルを見る人もいたけれど、一瞬見ただけで立ち去る。
 力が入らないから電話を手に取ることもできない。

(どうしよう、どうしよう……)

 同じ学校の制服を着た男子が駆け寄ってきて、ネルに話しかける。

 大丈夫? と言っているのがかすかに聞こえるけれど、うまく言葉を返せない。

 ヘルプマークに気づいて、裏面を見てくれた。

 そこで意識を手放して、気づくとベンチに寝かされていた。