初田ハートクリニックの法度

「初田先生。お祝いって? 今日は祝日でも何でもない平日のはずだろ」

「ふむ。ではとっておきの絵本を貸してあげよう。待合室で読んだら感想を聞かせておくれ。三〇分もあれば読み終わる。その間お母さんはわたしとお茶会をしよう」

 初田は医学書が並ぶ本棚に一冊だけささっていた絵本をとり、コウキの背を押して診察室の外に出した。

 診察室に残ったのは初田と礼美だけ。

「今のうちに、お母さんの目から見たコウキ君のことを聞こうか。本人の前で言えない不満なんかも今なら言えるよ?」

 行動はやや可怪しいけれど、たしかに医者なのだと礼美は思った。

「良い子だったわ。言いつけはきちんと守るし学校の成績もいつも学年三位以内に入っていたし。主人もそう言っているわ。ご近所の方や親戚からもよく褒められていたの」

 そんな上っ面のことを聞きたかったのではない、とはあえて口にしない初田。

 だった、いた、と過去形でしか言わないのは、今は良い子だと思っていない心理の現れに見えた。

「ただでさえおかしな行動で退学になってイライラしてたのに。うちの子に変なものを与えないで。さっきの絵本、教育に悪……」

「悪くないよ。あれは一八六五年に刊行されて以来世界中で翻訳されている本さ。聞いたことはないかい。不思議の国のアリス」

 名前だけなら知っている程度らしい。

 礼美は腕組みし、指で肘を叩いて口を引き結ぶ。