初田ハートクリニックの法度

「おやおや。お母さんは行ってしまいましたね」

 初田は肩をすくめる。置いていかれたネルは泣きそうな顔をしている。

「ネルさん、保険証は持っているかな」

「え? は、はい。財布の中に」

 ネルがポケットから出した水玉模様の小さなポーチに、家の鍵と保険証が入っていた。

 それを貸してもらい、初田はあることに気づいた。

「……もしかしてお父さんはいないのかな」

「私が生まれて間もないうちに事故で。だからお母さんはパートをかけもちしていて。あの、お母さんのこと、悪く思わないで。今日は、機嫌が悪かっただけなの。私がどんくさいから」

 ネルの保険証は友子の扶養に入る形になっていた。

 仕事が忙しい、そんなお金はない、そういうことだったのかと初田は合点がいった。

 遺族年金が入るにしても、無限に沸いて出るわけではない。

 母親の稼ぎだけで育ち盛りの子どもを扶養するのはそうとうな労力だ。

 金にも時間にも余裕がない状態で、「あなたの子どもは病気だ。検査しろ」なんて言われたら怒るのも無理はなかった。