王子様と呼ばれる先輩を餌付けしたら、毎日会いに来るようになりました。

 その後も朝陽先輩はお店にコロッケを食べにくることもなくなり、僕の日常は朝陽先輩と関わる前の日常に戻った。
 部活を引退すれば帰る時間も早くなるから、わざわざ寄らないよね。
 むしろ、毎日コロッケを食べていたから、少し体の心配もしていたし、ちょうどいいのだろう。

「なあ、王子先輩と連絡してるのか?」
「朝陽先輩? 特に連絡してないよ」
「はぁー」

 お昼ご飯を食べている僕に悠人はどこかイライラしていた。

「悠人のお弁当を作らなかったから怒ってるの?」
「おい、俺を王子先輩と同じ食いしん坊にするな」
「……悠人もよく食べるじゃん! さっきも僕の卵焼き――」
「直は静かにしろ!」

 そう言って、僕の口を押さえて、悠人はどこかに電話をしていた。

「あっ、王子先輩。ちょっと校舎の裏に来てもらってもいいですか?」
『なんで校舎裏? 悠人が来てくれれば――』

 微かに漏れる朝陽先輩の声に僕は懐かしい気持ちを感じる。
 それにしても、校舎裏に何か予定があるのだろうか。

「いや、さすがに俺でも三年生の校舎には入りづらいっすよ。二年からちょっとしたお礼があるので、すぐに来てください」
『ああ、わかった』

 そう言って、悠人は電話を切った。

「校舎裏に行く予定があるんだね」
「ああ、直がな!」
「……どういうこと?」

 首を傾げると、悠人はニヤリと笑って僕の肩を叩く。

「さあ、朝陽先輩が待っているぞ!」
「えっ……」
「ああ、弁当のことは気にしなくていいからな? 俺が食べてやる」

 悠人は僕を早く校舎裏に行かせるように、僕のお弁当を食べ始めた。
 相変わらずお節介なのか、勝手なのかはわからない。
 でも、それが悠人らしい気がする。
 僕は言われた通りに校舎裏に向かう。


「朝陽先輩と会うのは久しぶりだな。……ん? まさか悠人は弁当を食べるために朝陽先輩を呼んだのかな?」

 今日に限ってずっと悠人は僕のお弁当を見ていたのを思い出した。
 あいつも朝陽先輩と同じ食いしん坊じゃないか。
 バスケ部のエースは代々食いしん坊じゃないといけないのだろうか。
 そんなことを思いながらも、校舎裏に足を動かすが、次第に足は止まった。

「何を話せばいいんだろう……」

 いざ、会わない日が続くと、どうやって接すればいいかわからなくなる。
 僕はどうやって朝陽先輩と話していただろうか。

「ちゃんと説明すればいいか」

 僕はメッセージを送って、悠人が騙したことを伝えようとしたが、ポケットにスマートフォンが入ってないことに気づいた。
 これは直接言いに行くしかないようだ。
 少しドキドキしながら校舎裏に行くと、朝陽先輩はすでにベンチに座って待っていた。

「お前ら遅い……」

 朝陽先輩はベンチから立ち上がり振り返った。

「お久しぶりです」

 だけど、僕の顔を見てどこか気まずそうな顔をしていた。
 その表情に少し胸が締め付けられる。
 それにどことなく痩せたようにも感じる。

「悠人が勝手に嘘をついて呼び出してすみません」
「いや……大丈夫だよ」

 朝陽先輩はベンチにゆっくりと腰掛けた。

「すぐに連絡しようと思ったけど、スマホを教室に忘れて。なので、朝陽先輩も戻って――」
「直、ちょっと話をしてもいいかな?」

 朝陽先輩はベンチの隣を叩くと、僕に座るように言ってきた。
 僕は言われた通りに隣に座る。
 だけど、しばらく経っても朝陽先輩は話すことはなく、ただ正面をずっと向いていた。

「そろそろお昼休みも――」
「直、ごめん」

 立ち上がろうとした瞬間、朝陽先輩は僕の腕を掴んだ。
 その手はどこか震えていた。

「あんなに直が応援してくれていたのに勝てなかった……ごめん……」

 朝陽先輩は声を絞り出すかのように話し出した。
 その声は弱々しく、普段の元気な朝陽先輩ではなかった。

「朝陽先輩は頑張ってましたよ」
「うん……。でも、勝てなかった」

 僕はそんな朝陽先輩の頭を撫でる。
 弱っている姿を初めて見た。
 試合が終わった時も、朝陽先輩はみんなを慰めていたからね。
 そんなことができるのは朝陽先輩が誰よりも優しくて、人思いだからだ。

「直に合わせる顔がなくて、ずっと連絡も返せてなかった。本当にごめん」

 朝陽先輩の中で応援してもらっていたのに、勝てなかったことが辛かったのだろう。

「少し寂しかったですけど、大丈夫ですよ」

 そんな朝陽先輩を僕はただ慰めることしかできなかった。
 お昼休みが終わるチャイムが鳴っても、僕は朝陽先輩が落ち着くのを待つ。

「授業サボっちゃったな……」
「僕たち不良ですね」

 落ち着いた朝陽先輩に僕は微笑む。
 今まで授業をサボったこともなかったため、これはこれで新鮮だ。

「直には負けるな……」
「えっ……朝陽先輩、僕のこと不良だと思ってたんですか?」

 僕の言葉に朝陽先輩はクスクスと笑っていた。
 どこから見ても僕は真面目な模範的な生徒の一人だからね。
 ちゃんと授業も寝ずに受けているし。

「くくく、直に会って元気もらえたよ」
「それは良かったです」
 
 あんなに校舎裏へ来るのを躊躇ったのに、気づいたら僕たちは前みたいに話せるようになっていた。

「そういえば、あれからお母さんに親子丼作りましたか?」
「いや、まだご飯の炊き方が……」

 まだ朝陽先輩は親子丼を作っていなかったようだ。

「それなら空いている日にでも、ご飯の炊き方と親子丼の作り方を復習しますか?」
「本当?」

 朝陽先輩の顔がいつものように明るくなった。
 やっぱりどこか食いしん坊で、元気な姿の朝陽先輩の方が僕は好きだからね。

「約束しましたし」
「じゃあ、今週はどうかな? もう俺も部活ないし、受験に向けて勉強を始めるぐらいだから、時間はあるよ」
「なら今週にしましょうか。また連絡をしますね」
「わかった!」

 あまり長いこと授業を抜け出すわけには行かないからね。
 ひっそりと何事もなかったように戻らないといけないから、どこか緊張する。

「あっ、ちゃんとメッセージ返してくださいね」
「くくく、わかってるよ」

 朝陽先輩はチャイムが鳴るまで、しばらくはここに座っているらしい。
 僕はそんな朝陽先輩に手を振って、教室に戻ることにした。