王子様と呼ばれる先輩を餌付けしたら、毎日会いに来るようになりました。

 それから数日後。
 僕はお弁当を片手にある会場に向かっていた。

「今日勝てたら全国大会だったけ」

 朝陽先輩から県大会の応援に誘われていた。
 前に頼まれたのもあり、朝陽先輩の好物ばかり詰めてきた。

「直、こっち!」

 入口付近で待っていると、ユニフォームを着た朝陽先輩がやってきた。
 髪の毛が邪魔にならないように、上げている姿を見るのは体育祭以来だ。

「本当に作ってきてくれたんだね」
「お弁当をまた作って欲しいって言ってたから」
「ちゃんと覚えてたんだね」

 試合があることは聞いていたが、お弁当は僕が勝手に作ってきた。
 前回渡した時に力になったと聞いていたからね。
 僕がお弁当を渡すと、朝陽先輩は嬉しそうにしていた。

「今日の相手校って強いところなんですよね?」
「星稜高校も過去に全国大会に行っているからね」

 今日の対戦高校は市外でも全国に行ったことある星稜高校だ。
 悠人もここ最近ピリピリしていたから、それだけ星稜高校との試合が全国大会出場のための難関なんだろう。

「邪魔しないように僕も見てますね」
「応援に答えられるように頑張ってくる」

 そう言って、朝陽先輩はウォーミングアップしている別の体育館に向かった。
 その間に僕も本会場へと向かう。
 会場の中は、すでに大勢の人で埋まっていた。
 市大会とは異なり、横断幕が準備されていたりと応援する方も力が入っている。

「あそこは朝陽先輩のファンクラブか何かだね……」

 相変わらず朝陽先輩の人気は高く、まだ試合が始まってもいないのに一角だけアイドルのライブ観客のようになっていた。

 僕は端のほうに座り、別の学校の試合を眺める。
 やはり県大会になると、市大会とは違って接戦している高校が多い。
 終わりのブザーと共に喜ぶものもいれば、その場で泣き崩れる人もいる。
 その姿を見て、僕も少しずつ緊張してきた。

「次は注目の試合だな」
「こんなに早い段階で青葉高校と星稜高校が戦うことになるとはな」

 どうやら次の試合に朝陽先輩と悠人が出るようだ。
 コートへ目を向けると、アップをしている朝陽先輩の姿が見えた。
 ボールを受け取って、軽くドリブルをする。
 そのままゴールへ向かいシュート。
 綺麗な弧を描いたボールがリングを通り抜ける。

「やっぱり青葉高校の王子様はうまいな」
「一年の時からレギュラーだし、去年はエースだったからね」
「それであの見た目だろ?」
「「遊び人なんだろうなー」」

 朝陽先輩のファンではない男性たちからの言葉に僕は思わず吹き出しそうになる。
 やっぱりあの朝陽先輩が食いしん坊だとは誰も知らないだろうし、僕の手からコロッケを食べている姿が想像できないだろう。
 ボールが僕の座っている方面へ転がってくると、朝陽先輩と目が合う。
 すると、朝陽先輩は小さく笑って、手を上げた。
 僕も慌てて手を振り返す。 

「なっ、今俺たちに手を振ったか!?」
「俺も一瞬ドキッとしたわ」
「ありゃー、モテるはずだ」

 僕に手を振っていたと思ったけど、間違いだったかな?
 でも、年齢関係なく、男性を魅了しちゃうのはさすが王子様だね。
 ウォーミングアップが終わると、お互いにコートの中央に集まった。

『今から青葉高校対星稜高校の試合を始める』

 試合開始のブザーが鳴った。
 最初にボールを奪ったのは朝陽先輩たちの青葉高校バスケ部だ。

「いけー!」

 観客席から一斉に声が上がる。
 朝陽先輩は素早く前へ走り、味方からパスを受け取る。
 そのままゴールへ向かう。

「王子様ー!」
「ファイトー!」

 朝陽先輩がボールを持つと、さらに会場の声は大きくなった。
 相手選手が朝陽先輩の前に立ちはだかる。
 だけど、僕の隣にいても大きな朝陽先輩が、相手選手の前では少し小さく見える。
 それでも朝陽先輩は一度だけ身体を揺らすと、相手の横を抜けた。

「おぉ!」

 華麗にレイアップシュートすると、ボールがリングに触れて、そのまま中へ落ちる。
 歓声が会場中に響き渡った。

「すごい……!」

 僕も思わず興奮して立ち上がるほどだ。
 やっぱりバスケをしている朝陽先輩はかっこいい。
 普段ご飯を食べて笑っている人と、コートに立った時の朝陽先輩は別人みたいだ。

「やっぱり王子様は上手いな」
「星稜高校のあいつって2メートル近くあるだろ?」
「うまく抜けたな」

 朝陽先輩が少し小さく見えたのも仕方ない。
 それだけ大きな選手が星稜高校にはいる。

 その後も試合は激しく続いた。
 朝陽先輩が得点をいれれば、相手もすぐに取り返す。
 決してお互いが手を抜いているわけでもなく、実力も僅差なのか、点差がほとんど開かない。
 第一クォーターが終わり、第二クォーターへ。
 さらに第三クォーターになっても、点数は広がらず接戦を繰り広げていた。

「頑張って……」

 何度も歓声を上げ、何度も息を呑んだ。
 僕にできることは応援しかないからね。

 そして、最後の第四クォーター。

 残り時間は二分。

 スコアは青葉高校69点対星稜高校68点。

「そのまま逃げ切って……」

 僕は祈るように両手を握った。
 朝陽先輩がボールを持つと、やはり立ちはだかるのはあの大きな相手選手。
 朝陽先輩は一度、後ろへ下がるとそのままシュートする。
 ボールは高く舞い上がり弧を描きながら、そのまま吸い込まれるようにリングに飛んでいく。

「入って!」

――ガンッ!

 ボールがリングに当たり、そのまま跳ねた。

「走れ!」

 朝陽先輩の声が響く。
 星稜高校がリバウンドを取り、反対のゴールに向かって勢いよく走り出した。
 すぐに朝陽先輩たちも追いかける。

「悠人、止めてくれよ」

 ゴール手前には悠人がいた。
 星稜高校のシュートに悠人はすぐに反応する。
 ボールは悠人の手を触れるが、強引にリングへ押し込まれていく。
 点数がひっくり返ってしまった。

「まだまだ返せるぞ!」

 朝陽先輩の声に全員がピリッと空気が引き締まる。

「頑張れ……いけいけ!」

 次第に祈る僕の手も爪が食い込むほど、力強く握っていた。
 すぐに悠人はボールをパスして、速攻を決めていく。

――残り三十秒。

 朝陽先輩がゴールへ向かう。
 相手選手が二人行く手を塞いだが、それでも朝陽先輩は止まらない。
 身体をぶつけながらシュートを放つ。
 ボールはリングの縁を一度、二度と跳ね――。

 落ちていく。

 その瞬間、試合終了のブザーが鳴った。

「……」

 会場は静まり返る。
 スコアボードには――。

――青葉高校69対星稜高校70。

 僕は何も言えなかった。
 朝陽先輩はしばらくゴールを見つめ立ち尽くしていた。
 悔しそうに唇を噛んでいるのが、遠くからでもわかった。

「朝陽先輩……」

 でも、朝陽先輩はすぐに悠人の元へ駆け寄る。
 悠人はその場で崩れるように泣いていた。
 いつもはお調子者の悠人が泣き崩れるのは初めて見た。
 きっと朝陽先輩も悔しいのに、悠人の肩を叩く姿を見ると、何とも言えない気持ちが込み上げてくる。

「みんな、お疲れ! 頑張ったよ」

 朝陽先輩は無理に笑顔を作って、みんなを引き連れてコートの中央に並ぶ。
 お互い礼をすると、応援席の人たちに頭を下げて会場を後にする姿に胸が締め付けられる。
 悔しそうに必死に唇を噛みながらも、笑顔を崩さずに頭を下げる姿に、僕は涙が止まらなかった。
 僕は立ち上がることもできず、その姿を見つめる。

 勝ってほしかった。
 全国大会へ行ってほしかった。

 また朝陽先輩が嬉しそうに笑う姿が見たかった。
 でも、試合は気持ちとは関係なく終わってしまう。

 これで朝陽先輩の高校最後の大会は終わった。

 僕は急いで応援席から降りると、ロビーでは泣き崩れる悠人を慰める朝陽先輩がいた。

「先輩たちすみません。俺が止められたら――」
「気にするな! これで悠人たちは強くなれるし、来年全国大会に行けばいい」
「でも、先輩たちと一緒に」
「ああ、一緒に全国大会に行きたかったな……」

 朝陽先輩の目からも一筋の涙が流れていた。
 きっと今は僕が声をかけるべきではないだろう。

「朝陽先輩、悠人お疲れ様」

 僕は小さな声で呟き、僕は静かに体育館を後にした。