地底人になりたいふたり~23時、チャラ王子と氷結王子は今日もシャベル片手に待ち合わせをしています~

 地底探索を共同で始めるにあたって、俺達はいくつか約束をした。
 ひとつ、学校では今まで通りの距離感で過ごすこと。
「なんで? 話しかけたらだめな理由ってなに?」
 俺にはよくわからない。確かにこいつのことは全然知らないし、喧嘩しかしてこなかったしってのはあるけど、俺と同じものを探しているやつだ。できればもっと話してみたいし仲良くしたい。
 そうでなくても、俺はこいつの顔に惚れている。
「お前、アホだな」
 しかし工藤の態度は氷そのものだった。
「これまでバチバチだった俺達が急に一緒にいるようになったら絶対周りから、一体なにが?! って勘繰られるだろうが。そうなったとき、どうやって説明すんの? 地底の話で盛り上がったからとか素直に言うの? そんなの俺は断じてごめんだ」
「言わなきゃよくね? たまたま趣味が一緒でーとかうまいこと……」
「趣味ってなに? って突っ込まれたら?」
「それは、なんか適当に……」
「ほら、そうなる」
 深々と溜め息をつき、工藤は吐き捨てる。
「嘘をつき始めたらディテールが必要になる。お互いに辻褄合わせのために、時間も気も使う。そんな無駄なこと俺はしたくない。そもそも俺はお前と仲良くしたくない」
「俺だってお前と仲良くしたいなんて思ってねえから。仲良くしたほうが便利って思っただけ! 勘違いすんな!」
「ああ、そう。じゃあそういうことで。進めていい?」
 ……マジでこいつ苛つく。
 正直めちゃくちゃ傷ついたが、傷ついている自分にも腹が立って、はいはいどーぞ、と促した。工藤は感情なんて完全に捨てた顔でさらにふたつのルールを示してきた。
 ルールふたつめ。やり取りは基本的にメッセを使うこと。合流する時間は家族が寝静まった夜十一時以降。待ち合わせ場所はお互いだけが知る略号で知らせる。たとえば、菊塚公園はポイントA、不知火橋はポイントB、菊塚森はポイントD。
「万一家族にばれても、これならふざけてただけって言えるから」
 用意周到すぎる、と呆れたけど、わくわくもした。ふたりだけが知る暗号って、なんか映画みたいだ。
「最後のひとつは?」
「これが一番大事」
 そう前置きして、工藤が厳かに告げたのは、ヤバすぎるルールだった。
 ――もしも誰かに探索の詳細がばれた場合、その誰かを必ず始末すること。
「始末……ってなに。殺すとかそういうの?」
 さすがに唖然とする俺に、工藤は真剣そのものの顔で頷いた。
「できない?」
「さすがにだめだろ」
「なんで?」
「なんでって、だってそれ……」
「丹羽はさ、地上を捨てて地底に行こうとしてんじゃないの? 今更、地上人のひとりやふたり、どうでもよくない?」
 いやいやいや、よくない? じゃないだろ!
 なにこいつ、ヤバすぎる。正直、めちゃくちゃ引いた。ただ、続けられた言葉に俺は躊躇ってしまった。
「大体さ、周りに俺達の活動、知られたらどうなると思う? 厄介なことになんない? 俺は困る。誰にも邪魔されないで静かに地底世界探したいから。お前は違うの?」
 ……違わなかった。
「それ、さ、口止めできればよしってことにしない?」
 恐る恐る提案する。さすがに殺すのは俺にはできそうにないし、こいつにもやってほしくないから。工藤は学校で見せるみたいな容赦ない冷たさでこっちを睨んでいたが、ややあって溜め息をついた。
「まあそれでもいいや。ただし、丹羽が口止めに失敗した場合、俺がそいつやるから」
「おまっ……怖いよ……」
「怖いって今更じゃないの?」
 図書館の資料コーナー。パーテーションの向こうでは司書さんと利用者が抑えたトーンでなにかを話している。会話の内容は聞こえない。ただ笑い声も混じったごくごく平和な会話だってのは伝わってくる。
 それに比べてパーテーションのこっち側の空気のなんと物騒なことか。
「お前が俺と同じ目的持ってなかったら、お前のことも俺、殺してたよ?」
 固まった俺に向かって工藤はうっすらと微笑む。
 それは穴に落ちた俺を見下ろした工藤が見せたのと同じ、綺麗でちょっと怖い笑みだった。
「命拾いしたな、丹羽」
 ……こいつ、めちゃくちゃ危ないやつじゃん。
 もちろんどこまで本気かはわからない。でも、ずっとこいつの顔を観察してきた俺にはなんとなくわかった。
 工藤凪は、本気で地底世界を目指している。俺以上に。
 ヤバいやつと組むことに不安がないわけじゃなかったし、先々後悔することになるかもとちらっと思ったけど、それでも俺はこいつと組むことを決めた。
 今更仲間を抜けるなんて言ったらそれこそ本気で埋められそうってのもあるが、俺にとってもこいつは初めて会った同志だから……たとえ、ゴキブリ級に嫌われているとしても。
「丹羽、ID教えて」
 声とともに工藤が体を寄せてくる。学校じゃまずない距離で見上げられて意図せず心臓が身じろいだ。
「お、おう」
 平静を装ってスマホにコードを表示する。工藤が慣れた仕草でそれを読み取った。直後、ぴろん、と俺のスマホが鳴る。
 見ると、見慣れないアイコンから通知があった。
 深海だろうか。黒に近い蒼の中、上部からわずかに光が射していている。そのぼんやりとした光に照らされ、艶やかに光るのは無数の水泡。
 ……こいつはどうしてこの画像をアイコンにしたんだろう。こんな寂しい風景をどうして。
 ほかのやつにはまず思わない感想を抱きながら、俺は通知をタップする。
 そこで……息が、止まった。
 ――アガルタに行こう、一緒に。
 アガルタは地球空洞説に基づいた伝説の地底都市。地上よりも高度な文明と、長寿な人々が住み、太陽に似た光源も存在するという世界。
 地底好きなら知っていて当然の言葉だ。でも俺の周りにこの言葉を知っているやつなんて誰もいない。
 いなかった。ずっと。
 でもこいつは言う。こいつは言ってくれる。アガルタに行こうって。しかも一緒にって。
 言って、くれる。
 こんなの……さすがに。
「え、なんで泣いてんの」
 驚いたように見られて、俺は慌てて顔を片手で隠す。こいつに泣き顔なんて見せたらまたなにを言われるかわからない。泣いている顔がいいとか、苦しそうな顔がいいとか、そんな特殊性癖を披露されても反応に困る。
「なんでもねえっての! もうっ」
 だから熱を持つ瞼をごしごしと擦って涙を必死で追い払った。それでおしまいにして次の話題を探そうとした。
 なのに。
「なんでもない顔じゃなくない? それ」
 くんと突然腕が引かれた。目の前にあったのは、底光りして見える工藤の瞳。
「言えよ」
 穴に突き落とそうと迫ってきたときみたいな鋭い眼光に喉が鳴る。その俺を見据えたまま、工藤は低い声で俺を促す。
「お前のこと信じたいから、ちゃんと言え」
「は……?」
 信じたい、から?
 それ、信じようとしないと信じられないってこと?
 まあ、それはそうかもしれない。そんな簡単に友達になれるわけないし、距離だって埋められるわけ、ないのだから。それでも信じられていないって突き付けられるのはやっぱりきつい。
 でも、だからこそ言うべきなのかもしれない。俺からちゃんと。そうすれば。
 ……友達に、なれるかも。
「知ってる人に初めて会えたから……アガルタ」
 ……しかもそれが工藤だったのがうれしかった、とは、さすがに言えなかった。
 パーテーションの向こうを誰かが通りすぎていく足音がする。そこここに人の気配が漂う場所で、息を殺すみたいに見つめ合う。
 どれくらい、そんな空白めいた空気で向かい合っていただろうか。よく、わからない。
「なんだそれ。んなことで泣くなよ」
 馬鹿にするみたいな口ぶりに、かっと頬が熱くなった。
 ああ、やっぱりこいつは氷結王子だ。こいつの前で本音なんて口にするべきじゃなかった。情けなくて涙がますます出そうになる。
「うっせーよ! 泣いてなんて……」
 怒鳴りつけてやろうと思った。けど俺はそこで目を見張る。
「でも」
 口調は確かに馬鹿にするみたいだったのに、工藤の目は細められていた。皮肉げでも、冷笑でもない、柔らかいやり方で。
 なんで、そんな目……。
「俺もスコップ持ってる丹羽見てほっとした」
 見たことがない工藤がそこにいる。そう感じた瞬間、心臓がとくん、と鳴いた。