地底人になりたいふたり~23時、チャラ王子と氷結王子は今日もシャベル片手に待ち合わせをしています~

「七音くん~、おはよー」
「中村、おはよ。お、そのヘアピン可愛い。似合うな」
「気付いてくれたの七音くんだけ! 親ですらなんも言わない! ほんとありがとー」
「ちょ! 私は? 私も前髪切ったよ!」
「気付いてるって。橋本、雰囲気変わったな。前のもよかったけど、こっちも好き」
 きゃあっ、と橋本が声を上げる。
 ちょろすぎる、と呆れながら、俺は下駄箱から上履きを引っ張り出す。同じタイミングで制服のポケットでスマホが振動した。
 ――今夜、ポイントDで。
 表示されているのは端的で余分なものがなにもない文字だ。でも。
「どしたの? 七音くん」
 声にはっとして顔を上げる。中村が小首を傾げてこっちを見上げていた。
 ヤバい、場所を忘れてスマホを凝視しちゃってたようだ。
「俺、なんか変だった?」
「えーだって、笑ってたから」
「マジ? やだな、思い出し笑いしちゃった。エロいよね、俺」
 軽口を叩くとなぜかほんのり頬を染められた。女子ってほんと意味わかんねえ、と呆れながら俺は頬をぺちぺちと叩く。
 思い出し笑いじゃないけど、自分が笑っていたことに気付いていなかったことがむず痒い。
 いかんいかん、とピアスを弄りながら靴を下駄箱に放り込む。その俺の背後で、きゃあ、と華やいだ声が上がった。
「工藤先輩だ!」
「ヤバい……今日、絶対いいことある」
「ああ、もう、氷結王子! 待ち受けにしたい!」
「ルカ、さすがに盗撮はだめでしょ」
 波みたいにざわり、ざわりと声がこっちにまで迫ってくる。見れば、工藤がスマホ片手に月光みたいな凍った光を放ちながら登校してくるところだった。
 周りは熱狂しているっていうのに、こいつは相変わらず涼しい顔をしている。俺とは全然違うその顔が少しだけ憎らしい。
 あんなメッセージを送ってきておいて、平常運転の顔しないでほしい。
「うわ、朝から嫌なもん見た」
 だから、こっちを向かせたくて思い切り吐き捨ててやる。すると、目線がつ、と上がった。
「なんか聞こえた気がするけど虫の羽音かも。早く冬になって絶滅してくんないかな」
 言いながら、乱暴に下駄箱を閉め、俺の脇をすっと抜けていく。
 背丈は俺より低くて、つむじも目線より下。そんな儚げな見た目なのに獰猛。
 やれやれ、氷結王子は今日も健在らしい。
「わ、わ……! 今朝もやっぱり……!」
「菊塚名物、王子対決……!」
「喧嘩してるのに尊い!」
 ざわざわと女子が囁きかわす傍らで俺はスマホを引っ張り出す。通り過ぎていった細い背中に向かってメッセを投げると、工藤が足を止めた。
 ――了解。今宵こそ、アガルタの入り口を我らの手で!
 華奢な肩がかすかに揺れる。視線の先で、さらさらっと指先が動き、俺のスマホが鳴いた。
 ――アガルタまでの道は闇に閉ざされている。懐中電灯と予備の乾電池を忘れるな。
「りょーかい」
 場違いに笑顔が漏れそうになる。それを押さえながら呟くと、俺の隣にいた中村が、え、なにが? とこっちを見上げてきた。慌ててスマホをポケットに押し込み、俺は元通り笑顔を装う。
「なんでも。ってか、マジでそのヘアピン、可愛いね。センスいい」
 そう言ってやると、不思議そうだった顔が再び赤くなった。
 いつも通りの日常。空っぽな会話。誰とも繋がらない笑顔。
 ただただだるい。でもここ数日、ずっと体が軽い。
 まだなにかを話している女子達に絡みつかれながら俺は教室へ歩き出す。そうしながら、先程工藤から送られてきたメッセを思い返していた。
 ――アガルタまでの道はきっと闇に閉ざされている。懐中電灯と予備の乾電池を忘れるな。
 乾電池、家にあっただろうか。なかったら今日帰りに百円ショップで買わなきゃ。あと、スコップと……。
「七音くん、やっぱりなんか楽しそう。いいことあったんでしょ」
 さっき前髪をほめた女子、橋本が俺を見上げてくる。あー、と俺は皮膚の上辺だけで笑った。
「なんも? しいて言うなら、橋本が前髪切っててうれしそうにしてんの見えたのがいいことかも?」
「もう! この人たらし!」
「はは」
 軽く肘で脇を突かれ、笑顔を振りまきながら俺は教室へと足を踏み入れる。そうしながらいつもの癖で窓際に視線を向けた。
 朝陽差し込むそこにはすでに工藤がいた。センター分けの前髪をさらっと秋風になびかせながらだるそうに窓の外を見ている。
 ……ほんと、笑っちゃうくらい、俺達の日常は変わらない。俺は相変わらずチャラ王子と呼ばれ、工藤は氷結王子なんて呼ばれて遠巻きにされている。
 水と油の関係なのも一緒。でも変わったこともある。
 ふっと工藤の右手が動いた。頬杖を解き、口元を覆う。その仕草に誘われ、俺も右手で口元を押さえた。
 あくびってやつは感染るってのは本当らしい。
 ちらっと視線を投げると、なぜか工藤も俺を見た。
 目が合ったのは数秒。すぐに逸らされてしまって少しだけ寂しさも覚える。
 だって俺達は周りの誰も知らない秘密を共有しているんだから。意図せず重なってしまったあくびみたいな奇跡的な秘密を。
 そしてその秘密のために、今夜も俺達は待ち合わせをしている。