地底人になりたいふたり~23時、チャラ王子と氷結王子は今日もシャベル片手に待ち合わせをしています~

「……なんで?」
 工藤が俺を連れてきたのは俺にはあまり馴染みのない場所……煉瓦造りの建物、図書館だった。
 首を傾げる俺を尻目に細い背中は中へ吸い込まれていく。慌てて追いかけ、エントランスへ走り込んだところで我慢の限界が来た。
「な、なあ! なんで、ここ……」
 肩越しに工藤がこっちを見る。いつも通りの苛立たしげな目をしながら、工藤は無言で唇の前に人差し指を立てた。静かにしろ、ってことらしい。
 ……確かに図書館で出していいレベルの声じゃなかった。
 あたふたする俺を置き去りに再び工藤は歩き出す。不安半分、興味半分でついていった先にあったのは、四階、地域資料コーナーだった。
 一階、二階の文芸書コーナーは俺も来たことあったけど、この辺りには足を踏み入れたことがない。暇つぶしに来るようなところじゃないからなのか、下層階より空いている。
 人もまばらなフロアを工藤は慣れた足取りで進んでいく。たどり着いたのは、パーテーションで区切られ、小部屋みたいになった作業スペースだった。
「ここ、なに?」
「地図とか新聞とか大型書籍を調べるための場所」
 放り出すように言い、工藤は鞄を机の上に置いて、パーテーションの向こうへ姿を消す。数分後、戻ってきた工藤の腕には、なにやら大判の書籍が複数抱えられていた。
「わ、なに、持つし。無理すんなよ」
「なめたこと言ってんな。こちとらお前の腕へし折れるくらい力あるわ、ボケが」
 ……こいつ、悪口挟まないと死んじゃう病かなんかなの?
 かちんときたが、机の上に積まれた書籍のタイトルを見て怒りがすっと引いた。
「地図……」
「と、地質図」
 投げ捨てるように言いながら工藤が地図に手を伸ばす。俺達の町、菊塚市の全体マップだ。その横に工藤は地質図も置く。
「俺達の住んでるこの辺りってもともとはこの寺島山、今は死火山だけど、ここの火山灰が降り積もってできた土地なんだ。凝灰岩っていうらしい。で、このタイプの土は比較的、簡単に掘れる。これまであちこち掘ってみたけど、どこも短時間で深く掘れたし、埋め戻しも楽だった。あとこの辺、結構、不法投棄もされてるから、中途半端に掘られた穴も多い。昨日、お前が落ちた穴、あれも実は掘りかけの穴だったみたいで、試しに奥、掘って広げてみたんだけど、今のところなんも出てこなくて」
「…………」
「ただ、地盤が柔らかいし、地底世界の天井を支えるには、微妙な土壌にも思えるんだよな。とすると、やっぱり伝承にある、黄泉の洞の入り口を探すほうが早いのかもしれないとは思ってて」
「…………」
「で、その黄泉の洞の伝説の元、菊塚風穴。ここ、内部はかなり入り組んでるらしいからすぐは無理だけど、ゆくゆくは……おい」
 いきなり声のトーンが下がる。ずいっと目の前に顔が突き出され、俺は椅子から転げ落ちそうになった。
「うお!」
「変な声出すな。キモい」
 吐き捨てながら工藤は間近く俺の目を覗き込んで唇を歪める。
「全然聞いてなかったよな。俺の話」
「聞いてた! 聞いてたんだけどさあ!」
「けど、なに」
「いや……その、あの、お前、ガチ、なの?」
「は?」
 また一オクターブ声が低くなる。
「なに、丹羽は本気じゃなかったの? 本気じゃないくせに、あんな時間にスコップ持ってあんなとこにいたの? なに目的で?」
 矢継ぎ早に詰められ、俺はたじたじとなる。その俺をめちゃくちゃ近くから工藤が見てくる。あり得ないくらい完璧に整った顔に見惚れてしまうが、そのせいで生まれてしまった沈黙を不快に思ったらしい工藤は、すっと俺から顔を遠ざけた。超高速で机の上を片づけ始める工藤の手首を俺はとっさに掴む。
「ま、ま、待った! 違う!」
「なにが」
 地の底から響いてくるような声で工藤が言う。俺の手を振り払おうとする工藤の手首を俺は必死で握り締める。
 そうしながら驚く。
 ……手首めっちゃ細っ……。
「あ、えと、違う、違うって。俺、俺もね! ガチなんだって!」
「……その割にやる気が感じられないんだけど」
「いやいやいや、それはそうじゃね? 俺だってお前がガチなんて思ってなかったんだもん。まさかこんなしっかり調べてやってるなんて」
「はあ?」
 思いっきり頬を歪めた工藤が乱暴な仕草で腕を振る。あっさりと手首を取り返され、俺は思わず自分の手の中を見た。
「やるからにはどこが掘りやすいかくらい調べるだろうが。お前の地底への情熱ってそんなもの?」
「そんなわけねえだろ! 俺だって」
 怒鳴ったとき、パーテーションの向こうでかすかに咳払いが響いた。
 まずい、ここ、図書館だった。
「と、とにかく……びっくりしただけなんだって。本気じゃなかったとか、そういうんじゃない」
「どうだか。丹羽って本気になるときなんかあんの?」
 冷めきった目つきをしながら工藤は椅子をつっと引き、座る。馬鹿にした口ぶりに俺はかっとなった。
「お前が俺のなにを知ってんだっての」
「知らないし、知りたくもない」
「だったらんな言い方おかしいだろうが」
 押し殺した声で早口に言うと、工藤の目がわずかに見開かれた。が、それは一瞬で、元通り瞳はきゅうっと細くなった。
「いつもチャラチャラ人の顔色ばっか見てるのに?」
 言われて、どきっとした。
 なんでこいつはこんな言い方するんだろう。なんも考えてないとか、能天気とか、ノリがいいとかは言われ慣れているけど、顔色見てるなんて今まで誰にも言われたことないのに。
 もやもやしたし、ほんのり怖かった。でもそれ以上に苛立った。
「一匹狼気取ってるどこかの誰かさんより、協調性あるチャラいやつのほうが社会の役に立つって思わねえ?」
「世のため人のためにそんな八方美人してんの? ご苦労なことで」
「お前さあ!」
 またも声が跳ね上がってしまった。今度こそはっきりと舌打ちが送られてきて、慌てて口を押さえる。工藤の隣の席の椅子を忙しく引いて座りながら俺は小声でまくしたてた。
「大体さ、俺をここに連れてきた理由ってなに。意味わかんなすぎて怖い」
「また穴に落とされるとでも思ってんの?」
「うっ……」
 ああ、やっぱりこいつ苦手だ。野生動物かなにかみたい。どうやって会話を続けたらいいんだろう。その俺の視線を受け止めた工藤の目がなぜかふっと和らいだ。え、と思った次の瞬間。
「やっぱ、いいわー」
 体を引く間もなかった。つっと頬に触れられ、俺は今度こそ完全に固まった。
「丹羽の引きつった顔。本気でもう一回穴に落としてやりたくなる」
 そう言った工藤の唇の端が、ゆっくりと吊り上がる。
 学校では見せない笑み。ほの暗く、ねっとりとしていて、冷たい。俺の頬を辿った指先も冷気を纏っていて、触れられるだけで肌が粟立つ。
 こいつ、俺より細くて背だって低いのに、妙に存在感があって。すごく……怖い。
 怖い、のに。
 見たことがない顔。こいつは氷結王子なんて呼ばれているけど、普段学校で見せる顔なんて全然氷結じゃない。今の方が断然凍っていて。
 ……綺麗だ。
 って! そんなこと言ってる場合か!
 確かに顔は俺の好みのドストライクだ。でもこいつの中身にまで惚れたわけじゃない。っていうか、めちゃくちゃひどいこと言われてるし。ここはがつんと言い返さないと。しっかりしろ、俺!
 桁違いの引力を備えたブラックホールから無理やり軌道を変えるように、俺は頬に触れた工藤の指先を払う。
「気安く触ってんじゃねえよ。ってか冗談きつすぎだろ。さすがに俺のために夜な夜な穴を掘るなんて現実的じゃないだろって」
 工藤は払われた指先にちらっと目をやった後、ちょっと意外そうな顔をしてから肩をすくめた。
「なんだ。意外と馬鹿じゃなかった」
 意外とってなんだ! 内心憤る俺を眺めながら工藤は机の上に広げたままの地図を流し見る。
「時間の無駄だからここらで種明かしするけど、ぶっちゃけひとりで探すのに限界感じてて。なかなか手がかりも見つかんないし、穴掘るにしても、見張りいないと通報されるし」
「ああ……」
 わかる。俺も密かに探索をし続けてきたけど、何度警察に職務質問されそうになったか。
 見つからないようにとこそこそするのが癖になって、最近では後ろに誰かが近づいただけでなんとなく気配が察知できるようにさえなった。人には言えない特技だ。
「つまり……協力して地底への入り口探そうって言ってるわけ? 工藤が、俺に?」
 とたん、めちゃくちゃ嫌そうな顔をされた。数秒後、絶対本意じゃないというのが丸わかりの仕草で細い首がこくんと縦に動く。
 なにもそんな露骨に嫌がらなくてもって思うし、こんな気の合わないやつと協力して探索をするなんて絶対ストレスだ。ここは断るべきだって本能が言っている。
 でも。
 俺はちらっと机の上に積まれた資料を眺める。
 正直、ここに来るまで冗談かと思っていた。こいつは俺をからかうために「地底の入り口を探している」って乗っかってきたんだろうって。だって普段から舌鋒鋭く俺のことを馬鹿にしてくるようなやつだし。これまで以上に、言葉を尽くして馬鹿にされたって全然不自然じゃない。
 でも工藤はそんなことをしなかった。それどころか、真剣極まりない顔で資料を示しさえした。この俺に。
 つまり……こいつは極めて本気っていうことだ。
 本気で、地底に行きたいって思っている。
 俺と同じで。
 そんなやつ、今まで会ったこと、ない。
 ――地底になんて行けるわけないじゃーん。
 耳元に蘇ったのは、小学校五年生のとき、幼馴染の太一が俺に放った声。
 ――んな馬鹿なこと信じてるなんて子どもだなー、七音って。
 探してみないとわかんないじゃん。
 言い返したかった。けど、俺はそうしなかった。せずに、そっかも、と笑った。
 その自分が一番嫌で。諦められない自分が馬鹿みたいで。
 なのに、こいつは言う。大真面目に。資料をいっぱい探して、読み込んで。俺よりも真剣に。
 地底の入り口はあるって信じている目をしている。
 ……こんなやつ、初めてだ。
 どうしよう。胸が熱い。目頭まで熱を持ち始める。片手で口元を覆う俺を工藤は感情の見えない眼差しで眺めてくる。
「なに、吐きそうなくらい俺と組むの嫌なの? けど秘密知られた以上、断るなら俺お前のこと……」
「やる」
 物騒ななにかが口から飛び出す前に食い気味に言うと、長い睫毛に覆われた目が瞬いた。その工藤に向かって俺は身を乗り出す。
「お前と一緒に地底の入り口、探す」
「……ああ、そう」
 勢いに気圧されたように工藤は小刻みに頷く。自分で持ちかけてきたくせに、俺が頷いたのが釈然としないみたいな顔だ。やっぱりちょっとむっとしたけど、湧きあがったむかつきは見ないことにして、俺は工藤に笑顔を向けた。その俺を工藤は数秒見つめてから不意に言った。
「丹羽はなんで地底に行きたいの? 行ってどうすんの? 住むの?」
「あー、まあ」
「なんで?」
 返答に困る質問が来た。まあ奇跡的に出会えた同志だし、話してみてもいいかもしれない。
 とは思う、けど……。
「……ええっと、テスト多すぎて、地上にいんのマジだるいから?」
 へらりと笑って言うと、工藤がフリーズした。まずい、嘘だってばれたかもしれない。どう言い訳しようかな、と言葉を探したとき。
 はっと工藤が面倒臭そうに息を吐いた。
「救いようがないくらい馬鹿」
「おまっ……それは言い過ぎだろうが!」
 ……こいつ、芯から俺のことコケにしてやがる。
「工藤こそ! なんで行きたいの。教えろよ」
「あー」
 だるそうな声とともに工藤ががりがりと後ろ頭を掻いた。
「お前と一緒。テストが嫌だから?」
 ……絶対嘘だろ。
 思ったけど、追及はしなかった。食い下がったところでこいつが素直に答えるわけなんてないし、機嫌を損ねられたらこれからの活動に支障が出る。
「やっぱなー。テスト爆発しろって感じだよね」
「…………」
 同調の気配のない、光のない濁った目が向けられる。また憎まれ口が飛んでくるかな、と身構えるが、返って来た声は淡々としていた。
「テスト爆発は無理でも、俺達がのんびりできる場所探すために、これからの活動について話し合いたいんだけど。そろそろ進めていい?」
「あ、ああ、うん」
 ……ノリ悪っ。
 顔をしかめる俺を無視し、工藤は地図を広げ、自分がこれまで探索した場所を説明し始める。
 その愛想のない表情にげんなりする。が、そこでふと気付いた。
 ……こいつさっき、なんて言った?
 ――テスト爆発は無理でも、俺達がのんびりできる場所探すために、これからの活動について話し合いたいんだけど。
 俺達がのんびりできる場所? え、“おれたち”……?
「聞いてんの。丹羽」
 ぽやっとした俺をとろっとした蜂蜜みたいな色の目が睨んでくる。
「めっちゃ聞いてる!」
「ほんとかよ。チャラチャラ聞き流さないで脳みそに刻め。くそが」
 ……こいつ、暴言吐かないと呪われるかなんかなの?!
 いらっとしつつも、俺は大人しく頷いた。
 こいつが発した“俺達”に気を取られながら。