地底人になりたいふたり~23時、チャラ王子と氷結王子は今日もシャベル片手に待ち合わせをしています~

「あ、七音、七音!」
 片肘で頬杖を突いていた机ががたん、と揺れる。普段よくつるむ一軍仲間? の片桐健太(かたぎりけんた)とその彼女の飯野(いいの)かおりがこっちを見下ろしていた。
「今日帰り、駅前のミント行こうって思ってんの。秋限定、柿抹茶パフェ、今日までだって。お前も行かね?」
「あー……」
 パフェか。嫌いじゃない。でも今日は気分じゃない。ってか、そんなことしてる場合じゃない気もする。
「うーん、どうしよっかなー」
「行こうよー。七音くん来ないとつまんないー」
「かおり、それは聞き捨てなんないんだけど?」
「やだー、そういうんじゃないんだってば。七音くんがいると楽しいって話! 大好きなのは健太だけだから♪」
「もう! かおり、愛してる!」
 ……あー、はいはい。わかったからよそでやってくれ。
 なんて周りの反応に対して冷めているのはいつものこと。でも顔では笑って適当に合わせてうまいことやってきた。
 なのに、ここ数日、俺の笑顔のキレは悪い。理由はひとつ。
 工藤があんなこと言ったから。
 ――俺も探してた。入口。地底、行きたいから。
 あの後、唖然とする俺に工藤はなにも語らず、「もう遅いから帰るわ」といつも通りの凪いだ顔で言って、シャベルをかついでさっさと帰ってしまった。穴、このままでいいのか! と愕然としたけど、馬鹿馬鹿しくなって俺も家に帰った。
 家に着いて、汚れた服を着替えた後も目が冴えてしまって全然眠れなかった。
 あいつの真意が全く読めなくて。
 これまで地底への憧れについて語ったのは、幼馴染の太一にだけだ。でも、太一に爆笑されてからは誰にも話していない。もちろん探索するのもひとり。親にも友達にもばれないよう細心の注意を払ってきた。
 だってものすごく気が合うと思っていた太一でさえ俺を馬鹿にしたのだ。ほかの誰かになんて言えるわけがない。
 なのに、あいつ、工藤凪は地底に行きたいと言った。俺と同じだって。
 からかわれているのかもとも思った。学校に行ったら周り中に吹聴されていて思いっきり馬鹿にされるんじゃないかって。けどあれから三日経ってもそれらしい兆しはない。
 これ一体、どういうことなんだろう。
 そわそわしながらそろおっと窓際の席を窺う。いつものように工藤はつまらなそうにグラウンドを眺めている。触れたら壊れちゃう雪の結晶みたいな横顔で。
 ……やっぱりこいつの顔、神作……。
「七音くん、じゃあ、行くってことでいい?」
 え、行く? 地底に?
 目の前に顔を突き出され、我に返る。あーと、と迷う。
 ぶっちゃけ、お前らとパフェ食べたい気分じゃ全然ない。じゃあなにをしたい気分かって訊かれると困るけど。
「んー、そだなあ」
 どうしよっかな……と思案していると、ぎいっと椅子の脚が床をひっかく耳障りな音がした。次いで、机の上に影が差す。
 顔を上げて、息を呑んだ。
「丹羽さ、放課後、顔、貸して」
 さらっと陽光の色をした髪が搔き上げられ、耳元で赤い石がきらっと光る。
 片桐と飯野も声を失っている。その俺達三人分の唖然をものともせず、さっきまで俺の視線を独占していた男が机の脇に立っていた。
「あ、あーと……」
「え、あ、そ、そしたら、工藤くんも一緒にパフェ行かない? 私、クーポン持ってるから!」
 ……お前、勇者か!
 氷結王子は話しかけてくる相手を氷漬けにする。かまうなと言わんばかりの態度で。それを知っているから、みんな滅多に声をかけない。遠巻きにただ鑑賞している。しかしたまに飯野みたいに突撃するやつがいる。そうした女子の勇気にはマジで感服する。
 が、こいつはやっぱり鉄壁の要塞だった。
「行く理由がないから行かない。丹羽、さっさと返事しろや、くそが」
 ……なんで俺にばっかりくそくそ言ってきやがるんだよ! くそが!
「うっせえな。わかったよ、行けばいいんだろ」
 呆れたの半分、いつも通りの様子に安心したの半分で言い返す。工藤は腹立たしげに鼻を鳴らして去っていった。
「七音!」
 華奢な後ろ姿を呆然と見送る俺の肩ががしっと掴まれ、はっとした。
「ついに決闘?!」
「く、工藤くん、めちゃくちゃ怒ってたよね? あれ、わ、わ、私に?」
「あー、どうだろねー」
 怒ってるっていうか、いつも通りの顔だった。カラスが漁った後のゴミ捨て場を見たときみたいな。取り立てて大騒ぎはしないけど、ほんのり嫌悪が滲んだ顔。
 極めて平常運転の顔。
 でもあいつから俺に近づいてくることなんてこれまでなかったのに。
「悪い、そういうわけだから、今日行けないわ」
「お、おお、それはいいんだけどさ」
 そこまで言った片桐が意味深な顔をする。なんだよ、とへらっと笑って促してやると、片桐はちらっと窓際の工藤の席に視線を投げた。工藤はこっちの話なんて当然知らぬ顔でグラウンドを眺めている。
「七音ってさ、工藤と話してるときって別人なのな」
 潜めた声で言われて一瞬フリーズした。ええっと、と言葉を探していると、それ私も思った! と飯野が顔を寄せてきた。
「七音くんが怒鳴ったり怒ったりするのって工藤くんにだけだよね。いつも優しいのに」
「やっぱりあれか? イケメン同士、派閥争い的なことしてんの?」
「んなことしてねえって」
 ……派閥ってなんのだよ。馬鹿馬鹿しい。
 声に出して言ってやりたかったけど、俺はそうせずに笑顔を作った。
 ただ……言われてちょっと、胸の奥がざわっとしてもいた。
 確かに俺、工藤にだけは仮面被れて……ない。
 それってどういうことなんだろう。まああんなふうに冷たくされたらこっちだって笑えなくなるのは当たり前かもしれないけど、普段の俺ならもっと上手く立ち回るような。
 工藤は特別ということだろうか。顔も好みだし、なによりあいつは。
 ――俺も探してた。入口。地底、行きたいから。
 やっぱりあの言葉の真意をきちんと確かめなきゃ。そうでないとこのざわざわが収まらない。
「ごめんな、パフェふたりで楽しんで来てなー」
 まだなにか言いたげな片桐を封じるように俺はチャラく笑う。狙い通り、笑顔ひとつで話題は今日行く店のパフェがいかに豪華かに切り替わった。
 にこやかな笑顔を張り付けたまま、俺はもう一度窓際を見る。
 工藤は相変わらず外を見ていて、その視線がこっちに向けられることはなかった。