地底人になりたいふたり~23時、チャラ王子と氷結王子は今日もシャベル片手に待ち合わせをしています~

 工藤と出会ったのは高校一年のときだ。クラスメイトの中で最初に顔を覚えたのが工藤だった。
 薄い体、細い手足。明るい金色に染めた髪。左耳に片方だけつけられた赤い石の一粒ピアス。入学式直後だってのに、制服も着崩されていて。それでもだらしないって感じじゃない。そう思わせるのは、工藤の目鼻立ちが周囲から浮き上がってみえるくらい整っていたからだと思う。
 異様に美人の小柄ヤンキー。それが第一印象だった。
 ただまあ、こんな派手な見た目だし、俺とも属性は同じと思って、最初のうちは気安い口調で話しかけていた。
「工藤って星名中出身なんだろ。俺んとこと学区近いな。俺、西上中だから」
「ふーん」
「そういや、部活ってもう決めた? 絶対入らねえとだめなのかな。面倒くさ。工藤、中学んとき、何部だった? 俺は」
 話の途中で椅子ががたん、と揺れる。トイレか? ときょとんとしたが、次の瞬間、俺は凍り付いた。
「便所行く。帰ってくるまでに消えてろ。ウザいから」
「は……」
 ……えー……。なんなん、あいつ。
 唖然とする俺を置いてきぼりに、教室を出ていく。その俺に工藤の隣の席の女子がにじり寄ってきた。確か、安藤?
「びっくりしたー……。丹羽くん、大丈夫? あんな言い方ないよね。工藤くんひとりだからって話しかけてあげてたんでしょ」
「あ、ええと」
 確かにびっくりした。でも……こんなふうに「ひどいよねえ」とただ隣にいただけのやつにわかったような顔で声をかけられるってのも微妙な気分だ。
「虫の居所悪かったんかねー、安藤、ありがとね。心配してくれて。めっちゃうれしい」
 笑顔で返して、俺も教室を出る。正直、意味がわからなすぎて苛ついた。放っておけばいいかなとも思った。なのになんとなく気になって、それからも時々工藤に声をかけた。
 けど、返ってくる言葉はいつまで経っても苛烈なものばかりだった。
 そしてある日。
「チャラ王子ってさ、地球人全員に好かれないと気が済まないの?」
「は? なんそれ」
「きらっきらの笑顔でみんなに媚び売って。マジでキモい」
 ……媚び? ……は?
 地面に落ちたアイスクリームでも見るみたいな残念な目で言われた瞬間に、俺は普段の顔を忘れてキレてしまった。だって。
 ……媚び売んののなにが悪いんだよ。
「安心しろよ。お前みたいな顔いいだけのチビにだけは媚びなんて売らねえから」
 さすがの工藤もそんな反撃をされると思っていなかったのか、虚を突かれたようだったけど、面の皮の厚さはさすがだった。
「あっそ。こっちもお前みたいなでかさと顔面偏差値以外いいとこないやつとなんかしゃべりたくない。こっちの都合無視してパーソナルスペース侵してくんな、くそが」
「大丈夫だって。地表にお前しかいなくなっても俺はお前だけは無視する」
 言い捨て、背中を向ける。工藤もそれ以上はなにも言わなかった。
 以来ずっと、俺と工藤は喧嘩ばかりしている。顔を見るとお互いに憎まれ口が湧き出て止まらなくなる。だからなるべく寄らない、触らない。
 が……完全に無視したいと思いながらも、俺はそれができていない。
「やば……今日も綺麗。工藤くん」
「ほんと何時間でも眺めてられる……。ああ神様、氷結王子をこの世界に使わしてくれてありがとう!」
 女子達がひそひそと囁きかわしながら工藤を拝んでいる。氷結王子って。なに言ってんだお前達頭大丈夫か、なんて口の中で呟きながらも俺の視線は工藤から離れない。
 窓際の一番後ろの席で片肘で頬杖を突いて座る工藤を、廊下側の席から今日も眺める。
 夏が終わり、熱気を孕んでいた空気が徐々に冷えていく、そんなほんのりとした寂しささえ感じさせる初秋の風が吹き込んでくる窓辺。そこにいる工藤は今日もひとりで、白金色の髪を風に遊ばせながら、気のない顔でグラウンドを眺めていた。
 窓からの陽光に照らされて逆光になって、顔の造作の全部は見えない。でも光によって影を刻むその輪郭はすごく整っていて、影絵だったとしても多分目を吸い寄せられてしまうと思う。すっと通った鼻筋も、長めの睫毛も。ときどき面倒臭そうに前髪を掻き上げる、手の形も。
 ……マジできれー……。
 我ながらどうかしていると思う。性格最悪なこんなやつ、視界に入れたくないはずなのに、俺の目はいつも工藤を追ってしまう。それは一年から二年に進級しても変わらなかった。
 またも同じクラスになってしまった工藤を、俺は心底憎々しく思いながらも、顔だけは崇めてしまっていた。
「黙ってれば美人ってやつなんだけどな……」
 笑わない。冷たい。でも……その媚びなさがいいとさえ思う。
 ただ、あいつは俺を嫌っている。最初の印象が尾を引いてるってことかもしれないが、それにしたってあいつの態度はひどすぎる。こっちだってそれほど人間ができてはいないから、敵意剥き出しで噛みつかれたらむかつくし、素直にだってなれない。
 だから……俺があいつの顔に夢中だという事実は絶対知られてはならない。知られたが最後、眺めているだけで無になれる、この尊い時間さえ失われてしまう。性格はともかく、あいつの顔には確実に浄化作用があるんだから。

 そんなわけで絶対まっすぐには交わらないはずだった俺達の視線。
 なのに今、俺と工藤は見つめ合っている。
 穴の上からと底からっていうあり得ない位置関係で。