地底人になりたいふたり~23時、チャラ王子と氷結王子は今日もシャベル片手に待ち合わせをしています~

 ……俺の日常において、工藤凪の存在は、無視したいのにできないノイズだった。
「なーなと、ちょっといーい?」
 声をかけられ、俺は心の内で舌打ちをする。
 ……よくねえよ。体育用具、休憩時間中に片付けなきゃなんねーんだよ。わかれよ馬鹿が。
 けどもちろんそんなことは言わない。
「おー、高木。ごめん、ちょっと今、時間ないんだわ。作業しながらでいいなら聞くけど?」
 平生通りの王子スマイルをしながら、額に落ちかかった金髪を搔き上げると、俺にまとわりついていた同級生、高木美保がなにかに撃ち抜かれたみたいな顔をした。
「そういう笑顔、息するみたいにできるとこが七音だねえ。さすがチャラ王子」
「ちょっとちょっと。俺、こう見えて一途よ? 誰にでもはしてねえって」
 ぱちっと片目を瞑ってやる。自分でも失笑もののクサい仕草だ。けど効果は絶大だったようで、高木はぽぽっと頬を染めた。
 まったく。たかが顔の皮一枚によくもまあきゃあきゃあいえるもんだ。でも、チャラ王子ならここはもう一段階行くべきだよな。
「高木、なに赤くなってんの?」
 指を伸ばして高木の頬を突いてやる。高木はますます赤面しながら頬を膨らませた。
「軽いなあ、七音は! まあ、そういう七音だからいいんだけどさ。ねえ、今日、カラオケ行くの。七音も来てよ」
「あー」
 カラオケねえ。俺は右耳にじゃらじゃらついたリングピアスをいじりながらげっそりする。ぶっちゃけ行きたくない。みんなで歌を歌いっこするのなんてそれほど好きじゃねえし。
「ねー、行こーよ~」
「うーん。ってか今、俺、これ、片づけないとなんだけど」
 これみよがしに腕の中のバスケットボールを揺すり上げる。すると、高木があたふたと手を伸ばしてきた。
「手伝うよー! だからさあ、行こ?」
「手伝いはいーよ。これ俺の仕事だし。どうせなんかしてくれんなら今度一緒に遊びに行こうよ」
 にこっと笑って甘い声を出してやる。とたん、高木が額を押さえるようにしてうめいた。
「おんなじこと、カナにも言ってたでしょ」
「言ったかなー」
 覚えてないけど言ったんじゃね? 知らんけど。ってかカナって誰?
「丹羽くん、いいよ、あとやっとくし」
 気をきかせたつもりなのか、一緒にボールの片づけをしていたクラスメイトの田中が声をかけてくる。けど大きなお世話だ。だってお前にボールを片づけてもらったら高木とまだ話ししなきゃなんねえじゃん。そっちのほうがめんどい。
「ありがとー。でも俺も当番だし」
「た、高木さんと話、まだあるんでしょ?」
 ねえっての、どうでもいい話してたの聞いててわかんねえのか、と言ってやりたかったが、んー、と俺はへらっと笑う。
 厄介事もいい感じにやり過ごす。そのためにはどんなやつにも笑顔を向ける。それが俺の処世術だから。だけど。
「チャラいのは結構だけど、やることやってからにしろ、くそが」
 轟いた声で、張り付けていた笑顔にぴしっと亀裂が入った。
「あんたもさ、今忙しいのわかんないの? 空気読んで後にしたら」
 言い捨てたのは体育用具室から出てきた男。
 そいつが登場したとたん、空気がアラスカみたく凍り付いた。
「工藤、その言い方はねえわ。もうちょい優しく言えねえの」
 苛立ちから口調がつい荒くなる。その俺を淡い茶色の瞳がすうっと流し見た。
「お前みたいな笑顔の安売り、俺はしないタイプだから」
 馬鹿にするみたいな言葉とともに地面に落ちていたバスケットボールが掬い上げられる。衆人環視の中で、オレンジ色のボールが乱暴に籠に叩き込まれた。
 がしゃん、とでかい音が響いて、全員が押し黙る。
 沈黙を破ったのは高木だった。
「あ、あの、く、工藤くんの言う、通りだと思う。ごめんねー。七音、ま、また後でね」
 言いざまあたふたと走り出す。その顔が俺に見せたときよりも赤く染まっているのを見て、俺は唇を歪めた。
 なんなんだ。あんな言い方されたってのにその顔。大体、さっきまでは俺に絡みついてたくせに。ほんと、どいつもこいつも顔、顔、顔。
 ただ。
 俺は誰にも気付かれぬよう密かに視線を送る。
 どいつもこいつも見てるのは外見ばっか。でも……それを俺は馬鹿になんてできない。
 だって俺もこいつの顔から目が離せなくなっているひとりなんだから。