地底人になりたいふたり~23時、チャラ王子と氷結王子は今日もシャベル片手に待ち合わせをしています~

「ここ……?」
「そ」
 俺達がポイントDと呼ぶ場所と程近い場所にある静かなそこにあったのは、小さな神社だった。いかにも地元の土地神を祭ったと思しきささやかな。手入れもそれほど念入りにされていないのか、境内はいたるところ落ち葉だらけだし、狛犬の周りにも雑草が生い茂っている。
「丹羽はここ来たことなかった?」
「一回くらいあったかなー。俺、初詣は母親と不知火大社行ってたから」
「……母親とだけ?」
 参道を辿りながら問われ、俺は軽く頷く。
「俺のとこ、母親だけだから。俺が子どものころ離婚してシングルだからさ」
「そっか」
「工藤んとこは?」
 ちょっと間が空いた。訊いちゃだめだったかな。うっすら後悔する俺の横で工藤はしばらく黙ってからこっちを見ずに、父親だけ、と言った。
「うちもシングルだから。一緒に神社行く関係じゃないけど」
「そう、なんだ」
 こういう話題のときどんな顔をするのが正解なんだろう。ここまで周りの人間と表面を撫でるみたいな付き合いしかしてこなかった俺にはわからない。ただ、工藤に対していつものチャラい対応はしたくなかった。
「飯とか、どっちが作るの」
「生活サイクル、完全にずれてるからお互い好き勝手にやってる」
 うちの母親も夜遅くまで働いているから顔を合わせる時間は少ない。しかし俺のために朝食や夕飯を作って冷蔵庫に仕込んでいく。その意味でもしかしたら工藤よりも恵まれているのかもしれない。
 ……なんて比べた自分に俺はひっそりと引いた。
「夜、出歩けていいかもな、お互い」
 間を埋めたくてそう返すと、そだね、と乾いた相槌だけが返された。
 ああ、失敗した。俯きながら苔むした石畳を進む。が、そこで俺はぎょっとした。
 木製の階段を軽い足取りで上った工藤が、無造作に拝殿の格子戸を引き開けていた。
「え、ちょ! お前、そんなとこ……」
 声を上げるが、それを無視し工藤はするっと中へと入ってしまう。おい! と慌てながら俺も階段を上る。
 神社の拝殿の中なんて見たことない。どうなってるんだろう、という若干の好奇心も手伝って戸口から首を伸ばすと、奥に本殿をミニチュアにしたようなお社がもうひとつ備ええ付けてあった。それ以外にはなにもない。
「あの小さいのの中にご神体入ってるんだよ」
 まるで見てきたみたいに言われて俺はますますぞっとする。
「まさか中覗いたの?」
 ビビる俺を無視して工藤は小さなそれの前に立つ。おい、と声をかける俺を、馬鹿にするみたいな目が見た。
「開けないって。神様の家にずかずか上がり込んでおいてそこまでしない」
「ここ入るのがそもそもだめじゃ……」
 言いかけて気付いた。拝殿の片隅に神具とは思えない無骨なものが積み重なっている。
 寝袋にスポーツバッグ、それに……シャベル。
「あれ、お前の?」
「うん」
 軽く頷いて工藤は俺を手招く。お社の中に入るなんて……とまだ戦いている俺を見て工藤が軽く肩をすくめる。
「大丈夫だって。小学生のころからここ入ってるけど、腕も足ももげてないし」
「は? なんでそんな……」
「まあ、祟り怖いよな。無理に入れなんて言わないよ。ただ」
 壁際に置かれたスポーツバッグの傍らに腰を下ろし、工藤はだらっと姿勢を崩す。片膝を立て、その上に顎を乗せる。
「俺の秘密の場所、丹羽に見せたかっただけだから」
 ささやかな声で呟かれた言葉に俺は硬直する。格子戸から吹き込んでくる少し冷たい風にさらっと工藤の髪が揺れる。その明るい金色からそっと視線を外し、俺は周囲を見回す。
 決して綺麗な場所じゃない。隅には埃が蟠っているし、蜘蛛の巣だって見える。でも工藤はそんなこと微塵も気にしていない。それくらいここは工藤にとって馴染み深い場所なのだ。
 ……そんな大事な場所をこいつは俺に教えてくれた。
「工藤が職質されずにシャベル持ってこれてるの、ここから来てたからか」
 格子戸を大きく引き開けると、きいい、と非難がましい声で蝶番が軋んだ。床板も馴染まない体重に不満そうにぎしぎしと文句を言う。それらを押しのけ、俺は工藤の傍らに歩み寄る。
「俺もスコップ置かせてよ。今度から」
「いいけど」
 ちょっと驚いたような顔をしながら、工藤が体を起こす。座ったまま見上げられてどきっとする。
 いつも偉そうで、見た目よりずっと大きく見えるこいつ。でもふとしたときに思う。こいつってこんなに華奢だったっけ、と。
「これで丹羽も一緒に祟られるな」
「……手も足ももげないんだろ。それなら地底には行ける」
 小学校のころからここに出入りしているってこいつは言っていた。
 ここは市街地からそれほど離れてはいないけど、小学生がひとりで出入りするには寂しすぎる場所だ。はっきり言って危ない場所だと思う。
 それってそんなころからここに来なきゃいけない理由があったってことじゃないのか?
 地底に行きたいのだってもしかしたら家に居づらい事情があったから……。
 ただ、過ぎった負の可能性を根掘り葉掘り訊くのはさすがにだめな気がした。
「俺もここ来ていい? 時々」
「荷物置くくらいなら。入り浸るのはだめ」
「なんで」
「こんなとこ出入りしてたらそれこそ通報される」
 ……お前だってそうじゃん。
「じゃあなんでここ、俺に教えてくれたの」
「スコップ、毎回家から持ち出すの大変そうって思ったから?」
 ……最近、気付いた。こいつが語尾を上げて話すときは本心ではないときだ。
 あれもそう。地底に行きたい理由を聞いたとき、
 ――お前と一緒。テストが嫌だから?
 つまりこいつの本心はどこか別にある。
 それってなんなんだ。なんではっきり言ってくれないんだ。
 うなだれて押し黙る。と、隣に座った工藤が、あと、と呟いた。
「丹羽には知っててもらいたい気がしたからかも」
 なにを? この場所を? それともお前が抱えているなにかを?
 ああ、わからない。全然わからない。だけど、こいつの顔に笑顔を取り戻せる話題が俺には一個しかない。
「なあ、この後、うち来ねえ?」
「……なんで?」
「本、あるから。地底の本。それ見に来ねえかなーと。母親、今日仕事で朝まで帰ってこねーし」
 見ないようにしていたけど、俺の視線は壁際に置かれた寝袋に向いてしまっていたかもしれない。あれがここにあるってことは、工藤がここで夜明かしをすることだってあるんじゃないだろうか。
 それはもしかしたら今夜もかもしれない。こんな寂しいところでひとりで。
 工藤は探るようにこっちを見据えてくる。格子戸の隙間から入った西日がきらっと蜂蜜色の瞳を照らす。
 お前の家になんてなんで俺が行かなきゃなんないの? それくらいのことを言われる覚悟はできていた。
 だって俺達は友達ですら、ない。
「行こっかな」
 だからこう言われたとき、自分で誘ったくせに死ぬほど驚いた。けど同時に笑顔が出てしまうのも止められなかった。
「うん……来て」
「……うん」
 睫毛に覆われた目をぱちぱちさせて工藤が頷く。その顔もやっぱり学校で見たことのない顔ですごく、そわそわ、した。