地底人になりたいふたり~23時、チャラ王子と氷結王子は今日もシャベル片手に待ち合わせをしています~

「凶器?」
 工藤がゆらっと首を傾げる。模擬店やらイベントが行われている場所から離れているためか、人声は遠い。なんだか学校という気がしない。ポイントDみたいだ。
「またずいぶんなこと言われたな」
「長嶋さんからしたらそうだったんだろ。実際、俺の顔好きって女子に傷つけられたんだし、凶器ってのはあながち間違ってない」
 仮面に限りなく近い、感情の滲まない顔で笑ってやる。工藤はなにか言いたげに口を開いてから一度閉じ、数秒後に言葉を唇に乗せた。
「で? それがなんでチャラ王子になってんの? 前髪伸ばしてマスクして、顔の作りわかんないくらいにしてたほうが平和に過ごせそうじゃん」
「あー、それな。やったよ当然。中学入ってすぐ」
「マジ?」
「マジ」
「それは……ちょっと見たかった」
 くすっと声が漏れる。そうされてこっちも苦笑いしてしまう。
 深刻に受け止められるより、これくらいのほうがこっちも話しやすい。
「まあ、結局失敗したんだけどさ。なんか隠し撮りみたいなのされて、実はイケメンって噂になって……って自分で言うのハズいんだけど」
 目立たないように極力俯いて過ごしていたっていうのに、真面目そうとかなんとか言われて、気が付いたら囲まれるようになっていて。そのせいで男子にもやっかまれ、中二くらいまでは教室に居場所を見つけられず、屋上で音楽を聴いてばかりいた。
 こんな生活がいつまで続くんだろうとうんざりした。逃げ隠れする自分にも嫌気が差していた。いっそのこと誰とも関わらず、ひきこもってしまったら楽なのかなとも思ったけど、それをいつまでやるんだろうと考えたら体が重くなって。
 考え続けて、ひとつの結論に達した。
 最初から遊び人って仮面を被っちゃえば、誰も俺を巡って争ったりしないんじゃね? と。
「ちょっと待って。それでチャラ男になったの?」
「そ。おかげで高校入ってからは楽になった。笑って馬鹿やってれば、この人こういうノリだしって周りが勝手に思ってガチで迫られないし」
 ……ああもう。俺、またへらへらしてる。こいつの前ではもうやめようって思ったのにな。
 落ち込む俺を工藤がまじまじと見つめてくる。ゆっくりと夕陽の色になり始めた陽光が金髪をきららかに照らす。白い肌にも鼻梁が柔らかな陰影を落とす様子を俺は息を詰めて見つめる。
 顔面が整っていたっていいことなんてないって俺自身が嫌ってほど知っているのに、その俺がなんでこいつの顔面にここまで執着しちゃってるのか。今でも理由はわからない。
 ただ……俺とこいつの決定的な違いはわかる。
 こいつは自分を隠さない。顔を上げたまま、自分の言葉で人との関係を断っている。
 俺にはそれができない。チャラい仮面に隠れて笑ってきた俺には。
 まあ、凍った顔の裏でこいつがどんなことを考えていたのかを俺は知らないし、今だってこいつの内面をなにもわからないままに、こんな変な関係になっちゃったわけだけど、それでもやはり思う。
 こいつはかっこいいって。
 その憧れの相手にこんなことを言うのは少し、いや、かなり恥ずかしい。
 でも、言いたい。こいつにだけは。
「俺を取り合って女がもめるってのも減ったし。ただ……ずっと顔作ってっとなんか自分でも自分がよくわかんなくなっちゃって。だんだん瞼とか頬とか、痙攣するようになってきてさあ。なんかもう……疲れちゃった」
 工藤はなにも言わず、たこ焼きを食べている。やがてこくんと細い喉が動いた。
「だから、地底に行きたいの?」
「うん。ひとりでいられるとこなんて、宇宙か地底しか思いつかなくてさあ」
 すうっと工藤の目がこっちを流し見る。こいつの目に捉えられたら、作った自分でなんていられなかった。
「宇宙は無理でも地底ならなんか行けそうな気、しねえ?」
 ほんと俺ってガキっぽい。照れを隠すようにたこ焼きを口に放り込む。大分冷めていてさっきより味がわかる。美味いな、と目を細めたとき、工藤がふうっと息をついた。
「俺がいるとひとりになれないよ? いいの?」
 遠くで歓声が上がる。確かにそれを俺の耳は聞いている。でも今、俺が聞きたいのはどんな声でもない。というより、ここ数年聴きたいと思う声なんてなかった。ずっと、なかったんだ。中学校の屋上で聴いていた音楽だってただの暇つぶしで。
 でも今、俺は聴きたいと思っちゃっている。
 地底の入り口を探そうと穴をふたりで掘って。ふと手を止めたとき。
 ――丹羽、顔、泥めっちゃついてる。チャラ王子が台無し。
 憎まれ口を叩かれて。でも言葉とは裏腹に唇はふわっと解けていて。
 湿った土壁に閉ざされた世界でやけに近く聞こえる工藤の声は、ほかの誰とも違ってすごく耳馴染みがよくて。だから。
「工藤なら、いい」
 ……工藤に、いてほしい。
 視線というのは重さや温度を持っているらしい。俯いているのに頬にしっかりと工藤の視線を感じる。恥ずかしくて、いたたまれなくて、そろそろと顔を背けようとした俺の目の前に、つい、と白いふわふわが突き出された。
「食いな」
 柔らかい声が聞こえて俺は顔を元に戻す。割り箸に刺さった白い綿あめを差し出し、工藤が笑っていた。
「地底にはきっとこれ、ないから」
 俺達がやっている「探索」を馬鹿にするやつはたくさんいると思う。
 俺だって思わないわけじゃない。闇雲に掘って地底世界になんて辿りつけるのかって。
 そもそも、あるのかって。
 でも俺はやめられなかった。だって、自由に息ができる場所がどこかにあるって思わないと、とてもじゃないけど笑っていられなかったから。
 こいつにとってはどうだったんだろう。
「工藤は、これ、好き?」
 手を伸ばし、綿あめを受け取る。唇を触れると、砂糖が張り付いて声まで甘くなった気がした。
「んー、まあまあ好き」
「綿あめ以外では? なんか好きな食べ物ない?」
 問うと工藤が驚いたようにこっちを見た。
「なんで?」
「だって」
 お前のこと、俺はなにも知らないから。
 テストが嫌で地底に行きたいと言った俺に、俺も、と軽やかに同調してきたけど、こいつが地底を目指す理由は絶対それじゃない。そんなの、一緒に探索をしていればわかる。
 こいつは俺よりもよほど熱心に地底について調べているし、腕だって細いのに貪欲に地面にシャベルを突きたて続けてもいる。
 そんなやつがテストを回避するためだけにここまでするなんて思えない。
 ……なあ、工藤。お前はなにを考えてる?
 訊きたい。でも、踏み込んだらこいつは身を翻してどこかへ行ってしまう気がする。
 だってこいつは誰とも関わりたくないと、態度で世界へ示し続けているから。
 お前が俺に今笑ってくれるのは、同じ目的があるから。ただそれだけ。
 それが悔しい。だけど踏み出す勇気もない。だって踏み出して拒絶されて……一緒にいられなくなったら、嫌だ。
「今のうちに食べといたほうがいいじゃん。好きなもの」
「あー……」
 核心に触れない俺の答えを工藤はどう思ったのだろう。わからないけど、空を仰いでいた工藤の唇がふと動いた。
「え、なんて?」
「……わらび餅」
「わらび餅?」
「そ。きな粉と黒蜜めっちゃかけたやつ」
「甘いもん、好きだったんだ」
 意外だ氷結王子なのに、と思ったのが顔に出てしまっていたのか、鋭い目で睨まれる。ごめん、と言いかけた声に、丹羽は? と声が重なって俺は小さくベンチの上で跳ねた。
「え」
「食べ物、なにが好き?」
「俺? なんだろ。カレー、とか」
 目を白黒させながら好物をひねり出すと、おかしそうに工藤が体を震わせた。ハーフアップした髪もふわふわと揺れる。
「ガキ」
「は? カレーは日本人のソウルフードだろうが」
「そんな好きなら行く? 今週日曜」
 ……え。
 いきなりすぎて目が点になった。言葉だけではなく、日差しみたいな工藤の淡い笑みに脳が甘く痺れる。
 ふわふわしながら俺は必死に口を動かす。
「行くって……どこに」
「カレー食べに」
「俺と、お前が?」
 地底探索以外で俺達が行動を共にする? なんで? 信じられなくて問い返してしまったけど、失敗だったらしい。工藤の眉間がくっと顰められる。
「嫌ならいい」
 不機嫌そうな手が伸びてきて俺の手にある綿あめを奪おうとする。それを俺はとっさに止めた。腹立たしそうに工藤がなおも割り箸を引っ張ったが、奪われないよう俺は手に力を込める。
「行きたい」
 声に必死さが滲んでしまったかもしれない。でも割り箸を握る手と同じくらいの強さで言うと、工藤がゆっくりと瞬きをした。
 するっと手が引かれる。ベンチの背もたれに体重を預け、工藤がこっちを斜めに見やった。
「甘口と辛口、どっちがお好みですか? カレーの王子様は」
「……甘口」
 誰がカレーの王子様だ、ふざけやがって。
 反射的にいらっとしたが、その俺の苛立ちはすぐに消えた。
「やっぱ、ガキだ」
 細い手がすうっと伸びてきて俺の髪を撫でたために。
 手を振り払ってしまいたい気持ちと、このままこの手に撫でられていたい気持ちとが押しあう。その俺の気持ちを知らぬ工藤が軽やかに言う。
「昼集合なんだからジャージ着てくんなよ」
「……そっちこそ、シャベルかついでくんなし」
 やっとのことで出した声に被さったのは、ふふ、という工藤の笑い声で、それはやっぱり綿あめみたいにふわりとしていて、俺を落ち着かなくさせた。