地底人になりたいふたり~23時、チャラ王子と氷結王子は今日もシャベル片手に待ち合わせをしています~

 そもそも俺は人と波風を立てるのが嫌いだ。
 というか、波風立てないように細心の注意を払って生きてきた。
 その歴史は長くて、小学三年のころにはもう、気遣いのレベルが達人クラスになっていたと思う。
 理由は顔だった。
 俺の両親は、学生時代から美男美女と言われていて、周りからもゴールデンカップルなんて恥ずかしい持ち上げられ方をされながら学生結婚した人達だそうだ。そのふたりの遺伝子を継いで生まれた俺の顔もまた、世間一般的に見たらかなりいい線いっていたらしく、幼稚園のころから俺はやたらめったらもてた。
 ただ、もてるってのが幸せなことばかりかといったらそうでもない。
 その最たる例が小学五年のときのあの事件だ。
 俺の隣の席の女子と、後ろの席の女子が俺を取り合って喧嘩になったのだ。エキサイトした彼女達は授業中でもお構いなく口喧嘩をするようになり、やがて時間場所構わず取っ組み合いの大乱闘をするようになった。
「ねえ、私とこの子、どっちが好き? 選んで!」
 そんなふうに迫られ……俺はつい本心を口にしてしまった。
 俺はどっちも好きじゃない。好きなのは隣のクラスの長嶋さんだって。
 長嶋美羽(ながしまみう)。地味で目立たない、いつも教室の片隅で本を読んでいるような子。隣のクラスだったし、めちゃくちゃ仲がいいってわけでもない。ただ、同じ飼育委員だった。それだけの子。
 でも長嶋さんはほかのやつらと全然違っていた。飼育小屋の掃除を嫌々やっているやつらばっかりの委員会の中で、長嶋さんだけが本気でウサギやチャボ達を大事にしていた。当番の日以外も小屋を覗いては動物達に話しかけていたし、笑顔で世話していた。
「うちアパートだから動物飼えないし。だからこの子達と一緒にいると癒されるんだあ」
 なんて笑う長嶋さんの眼鏡の奥の細い目が可愛くて。
 気が付いたら委員会の日が楽しみで仕方なくなっていた。
「丹羽くんは優しいね。いつも丁寧に掃除してあげてるもん」
 俺自身は彼女ほど動物が好きなわけじゃない。ただ長嶋さんと長く一緒にいたかったから掃除を頑張っただけ。だから申し訳ない気にもなった。長嶋さんにも、飼育小屋のウサギ達にも。でも、顔以外で褒めてもらえたことがすごくうれしくて、俺は長嶋さんとの時間を大事に思うようになっていた。
 告白したい気持ちがなかったわけじゃない。でも、もしも言っちゃったら長嶋さんはこれまでみたいに俺に笑いかけてくれないかもしれない。それが怖くて言えなかった。
 そう、本人には一言も伝えていなかったのだ。その想いを俺は口にしてしまった。
 よりにもよって俺のことを取り合っていた女子の前で。
 結果、ふたりは激怒し、隣のクラスに突撃した。長嶋さんはわけもわからぬまま、彼女達に取り囲まれ、小突き回された。
「あんたなんか全然七音くんに似合わないんだから!」
「地味女がいい気になんなよ!」
 彼女達の罵詈雑言に胸が悪くなった。俺が守らなきゃと目の色を変えて、俺は彼女達の前に立ち塞がった。
「俺が勝手に好きなんだ。だから彼女を傷つけるな!」
 ヒーロー気取りで叫んで、全部丸く収めようとした。
 それで収まるって思っていた。俺が小さいころに家を出ていった父親も、俺を育ててくれた母親も、決まって言っていたから。
 信念を持って放った言葉は強いって。
 でも甘かった。
 長嶋さんは次の委員会に顔を出さなかった。それどころか、学校も休むようになった。
 そうなってから俺は知った。長嶋さんの立場が俺の告白をきっかけに悪くなってしまっていたことを。
 長嶋さんは……同じクラスの女子達から嫌がらせをされるようになっていた。どうやら長嶋さんのクラスにも俺を好きだったやつらがいたらしく、俺のお粗末な告白はそいつらの怒りの導火線に火を点けてしまったらしい。長嶋さんは示し合わせた女子達全員によって無視されるようになり、教科書や上履きを隠されるようになっていた。
 同じクラスだったら気付けたのかもしれない。いや、そうでなくても、もっと長嶋さんのクラスに通ったりしていたらよかったのかも。でも、告白した後、恥ずかしくてちょっとの間長嶋さんの顔を見られなかった俺は、長嶋さんが学校に来なくなり、転校が決まってしまうまで事態に気付けなかった。
 情けなくて。恥ずかしくて。でもこのままになんてしておけなくて。
 だから担任の先生に頼み込んで、長嶋さんの家まで謝りに行った。
 でも、そんな俺を見た長嶋さんの目には怯えしかなかった。
 ――丹羽くんは自分の顔面が凶器だって知っておいたほうがいいよ。
 震える声で彼女が俺にくれた言葉は、これだけ。