「片桐、怒ってたな」
教室を抜け出し、校舎と校舎の間に作られた中庭に落ち着いたところでぼそりと言うと、そだな、と工藤が気のない声で返事をした。と同時にするっと手が解ける。
空いた手が秋風にひやっと、した。
「ま、いいんじゃない? もともとこの企画自体どうかと思ってたし。お化け屋敷ならお化け屋敷らしく、全員で客をちびらせようって気合が大事だろうが」
「……俺らもクラスのやつらに押し付けて出てきちゃってる」
こんな言い方をしたら抜け出すのが嫌だったみたいだ。ついていきたかったのは俺なのに。
つくづく俺ってはっきりしない。
苛立ちをぶつけるようにマントを手荒く脱ぎ捨て、ベンチに腰を下ろすと、とっくの昔にマントもジャケットも脱ぎ捨てていた工藤がだるそうに言った。
「丹羽は残って吸血鬼したかった?」
「そういうわけじゃないけど」
「まあ、丹羽ならうまくやれるんだろうとは思うよ。いつもの丹羽なら」
こいつがこう言う理由はやっぱりあの告白劇を見ていたからか。
どうしよう、頬が熱い。俯いて言葉を探す俺の隣で、工藤は押し黙っていたが、ややあってすっと立ち上がった。
「ちょっと待ってな」
言い捨て走っていく。黒いスラックスに白いシャツ、それと黒いジレ。俺と同じ衣装のままで。
「あいつ、ほんと、貴公子じゃん……」
走ってる姿まで完璧だ……なんてうっとりしていたが、それほどかからずに貴公子は戻ってきた。
「買ってきちゃった」
差し出されたのはたこ焼きが入ったプラスチックケースと綿あめの刺さった割り箸。
「もうさ、たこ焼き、匂いずっと気になってて。丹羽は食べた?」
「あー、うん」
実は午前中に女子に囲まれて一緒に少し摘まんだ。でも、なんとなく打ち明けにくい。曖昧に頷くに留めたけど、工藤には伝わったらしい。露骨に鼻白み、たこ焼きと綿あめを引っ込める。
「あっそ。じゃあ、これは俺ひとりで食うわ」
「え、え、え、待って待って」
「いらないだろ。チャラ王子にたこ焼き食わせてくれるやつなんてごろごろいる……」
まだ工藤はなにかを言おうとしていたけど、構わなかった。ひったくるようにプラスチックケースを取り、開く。
ふわっとソースとマヨネーズの香りが広がって思わず喉が鳴ってしまった。
「やべ、うまそ……。これ、俺も食べていいの? 俺にもくれる、の?」
「……なにその反応。地底人から食べ物めぐんでもらったときのシミュレーション?」
呆れた顔をしながら工藤が手を伸ばす。二本刺さった爪楊枝のうちのひとつを取り上げ、たこ焼きに突き刺す。ひょい、と持ち上げ、顔に似合わぬ豪快な食べっぷりでたこ焼きを頬張る。
「うん、美味い」
丹羽も食べな、と工藤が促す。たこ焼きをそろそろと口に運ぶと想像よりずっと熱くて、うっと呻く。それを見た工藤がけたけたと笑った。
その棘のない表情に胸がくっと熱くなる。
「その、工藤、さ」
「うん」
たこ焼きと綿あめを交互に行くことに決めたらしい工藤は、綿あめを口に運んでいる。
ふわふわの雲に顔を埋めている姿を見ないようにしながら俺は口を動かす。
「さ、さっき、変なとこ、見られたけどさ、俺、あの」
「好きな人いるのに、丹羽は地底に行きたいの?」
工藤も俺を見てはいなかった。ベンチの背もたれに体重を預け、綿あめを食みながら空を仰いでいた。
「この地上にその人はいるんだろうに、本当に行っちゃっていいの?」
問われて、反射的に言いたくなった。
……いない。
……そんな人、いない。
……でも地底に一緒に落ちていきたい人なら、いる。
言ってしまいたい。でも言えない。
だって工藤は俺にとってただ一人の相棒だから。
だから俺はあえて首を振る。
「好きな人なんていない」
ふっと工藤の目が空からこっちに戻ってくる。白金色の前髪がさらさらと風に揺れる。それを見ていたら無性に悲しくなった。
ほんと、こんな嘘つかなきゃいけない地上なんてさっさと捨てたい。工藤と、一緒に。
「だって俺、地上なんてもううんざりだし」
「……テストあるし?」
問いに答えず一度目を閉じる。
これまで通りの相棒でいるなら、テストが嫌すぎて地底に憧れているやつでいるほうが絶対いいんだとは思う。
でも。
――なんで、学校ではあんななの?
――そのままでも可愛いのにふりふりの悪趣味な洋服着せられた犬みたいな。
いつかの夜の工藤の言葉が俺の中で水たまりに広がる波紋みたいに響く。
「それ、嘘」
「嘘?」
工藤が首を傾げる。後ろで結わえた髪から後れ毛が落ちる。風にそれがさらっと揺れるのを見つめながら俺は口から言葉を押し出す。
「テストは関係ない。顔作るの限界だから、地底に行きたい」
工藤はきっと、こいついきなりなに言ってんの、って思っている。でも出てしまった言葉は引っ込められないし、引っ込めるつもりもない。
俺が地底に一緒に行きたい相手はこいつだから。だったらもう嘘なんてつきたくない。
「ちょっとだけ聞いてくんない? 食べながら、さ」
そう言うと、工藤はゆっくりと瞬きをしてから、ん、と短く頷いた。
教室を抜け出し、校舎と校舎の間に作られた中庭に落ち着いたところでぼそりと言うと、そだな、と工藤が気のない声で返事をした。と同時にするっと手が解ける。
空いた手が秋風にひやっと、した。
「ま、いいんじゃない? もともとこの企画自体どうかと思ってたし。お化け屋敷ならお化け屋敷らしく、全員で客をちびらせようって気合が大事だろうが」
「……俺らもクラスのやつらに押し付けて出てきちゃってる」
こんな言い方をしたら抜け出すのが嫌だったみたいだ。ついていきたかったのは俺なのに。
つくづく俺ってはっきりしない。
苛立ちをぶつけるようにマントを手荒く脱ぎ捨て、ベンチに腰を下ろすと、とっくの昔にマントもジャケットも脱ぎ捨てていた工藤がだるそうに言った。
「丹羽は残って吸血鬼したかった?」
「そういうわけじゃないけど」
「まあ、丹羽ならうまくやれるんだろうとは思うよ。いつもの丹羽なら」
こいつがこう言う理由はやっぱりあの告白劇を見ていたからか。
どうしよう、頬が熱い。俯いて言葉を探す俺の隣で、工藤は押し黙っていたが、ややあってすっと立ち上がった。
「ちょっと待ってな」
言い捨て走っていく。黒いスラックスに白いシャツ、それと黒いジレ。俺と同じ衣装のままで。
「あいつ、ほんと、貴公子じゃん……」
走ってる姿まで完璧だ……なんてうっとりしていたが、それほどかからずに貴公子は戻ってきた。
「買ってきちゃった」
差し出されたのはたこ焼きが入ったプラスチックケースと綿あめの刺さった割り箸。
「もうさ、たこ焼き、匂いずっと気になってて。丹羽は食べた?」
「あー、うん」
実は午前中に女子に囲まれて一緒に少し摘まんだ。でも、なんとなく打ち明けにくい。曖昧に頷くに留めたけど、工藤には伝わったらしい。露骨に鼻白み、たこ焼きと綿あめを引っ込める。
「あっそ。じゃあ、これは俺ひとりで食うわ」
「え、え、え、待って待って」
「いらないだろ。チャラ王子にたこ焼き食わせてくれるやつなんてごろごろいる……」
まだ工藤はなにかを言おうとしていたけど、構わなかった。ひったくるようにプラスチックケースを取り、開く。
ふわっとソースとマヨネーズの香りが広がって思わず喉が鳴ってしまった。
「やべ、うまそ……。これ、俺も食べていいの? 俺にもくれる、の?」
「……なにその反応。地底人から食べ物めぐんでもらったときのシミュレーション?」
呆れた顔をしながら工藤が手を伸ばす。二本刺さった爪楊枝のうちのひとつを取り上げ、たこ焼きに突き刺す。ひょい、と持ち上げ、顔に似合わぬ豪快な食べっぷりでたこ焼きを頬張る。
「うん、美味い」
丹羽も食べな、と工藤が促す。たこ焼きをそろそろと口に運ぶと想像よりずっと熱くて、うっと呻く。それを見た工藤がけたけたと笑った。
その棘のない表情に胸がくっと熱くなる。
「その、工藤、さ」
「うん」
たこ焼きと綿あめを交互に行くことに決めたらしい工藤は、綿あめを口に運んでいる。
ふわふわの雲に顔を埋めている姿を見ないようにしながら俺は口を動かす。
「さ、さっき、変なとこ、見られたけどさ、俺、あの」
「好きな人いるのに、丹羽は地底に行きたいの?」
工藤も俺を見てはいなかった。ベンチの背もたれに体重を預け、綿あめを食みながら空を仰いでいた。
「この地上にその人はいるんだろうに、本当に行っちゃっていいの?」
問われて、反射的に言いたくなった。
……いない。
……そんな人、いない。
……でも地底に一緒に落ちていきたい人なら、いる。
言ってしまいたい。でも言えない。
だって工藤は俺にとってただ一人の相棒だから。
だから俺はあえて首を振る。
「好きな人なんていない」
ふっと工藤の目が空からこっちに戻ってくる。白金色の前髪がさらさらと風に揺れる。それを見ていたら無性に悲しくなった。
ほんと、こんな嘘つかなきゃいけない地上なんてさっさと捨てたい。工藤と、一緒に。
「だって俺、地上なんてもううんざりだし」
「……テストあるし?」
問いに答えず一度目を閉じる。
これまで通りの相棒でいるなら、テストが嫌すぎて地底に憧れているやつでいるほうが絶対いいんだとは思う。
でも。
――なんで、学校ではあんななの?
――そのままでも可愛いのにふりふりの悪趣味な洋服着せられた犬みたいな。
いつかの夜の工藤の言葉が俺の中で水たまりに広がる波紋みたいに響く。
「それ、嘘」
「嘘?」
工藤が首を傾げる。後ろで結わえた髪から後れ毛が落ちる。風にそれがさらっと揺れるのを見つめながら俺は口から言葉を押し出す。
「テストは関係ない。顔作るの限界だから、地底に行きたい」
工藤はきっと、こいついきなりなに言ってんの、って思っている。でも出てしまった言葉は引っ込められないし、引っ込めるつもりもない。
俺が地底に一緒に行きたい相手はこいつだから。だったらもう嘘なんてつきたくない。
「ちょっとだけ聞いてくんない? 食べながら、さ」
そう言うと、工藤はゆっくりと瞬きをしてから、ん、と短く頷いた。



