――まさか。
だって、数時間前まで普通に喋っとったのに。さっき、しょうもないスタンプ送ってきたばっかやのに。
――嘘や。
――何かの間違いやろ。
そう思うのに、電話の向こうの震えた声を聞いた瞬間、吐き気が込み上げてきたのを覚えとる。
――穂高が、死んだ。
声に出さんとそう呟いてみても、やっぱり実感がない。
なのに現実は、俺を黒い服着させて、この畳の匂いのする部屋に座らせとる。
――わけわからん。
二日前のことなのに、もう随分昔みたいな気ぃする。
多分、まだちゃんと現実として飲み込めてない。だから涙も出ない。
ふと、視界の端で何かが動いた気がした。
――気のせいか……
振り返っても、そこには誰もおらんくて。ただの障子と、置きっぱなしの座布団があるだけ。
なのに、さっきよりほんの少し、線香の匂いが濃くなった気がした。
控室を出ると、廊下でスタッフの一人に声をかけられた。
「しずるくん焼香の案内、そろそろお願いできる?」
「――あ、はい」
反射的に、いつもの調子で返事してしもた。体は動く。声も出る。そういう風に、もう染み付いてとるから。
俺は参列者席の後ろに立って、焼香の順番を案内する。
「こちらへどうぞ」
頭を下げて、手で示して。何度も繰り返した動きだった。
自分の親友の通夜っていうのに、体は勝手に「仕事」をこなしてく。
それが情けないのか、助かってんのか、自分でもよくわからん。
参列者の列が途切れた隙に、俺も焼香台の前に立つ。
祭壇の遺影と、目が合った。
――笑っとる。
いつもの、あの馬鹿みたいな笑顔で。
抹香をつまんで、香炉にくべる。一回、二回。
白い煙が、ゆっくり立ち上る。手を合わせても、頭の中は真っ白。何を祈ればいいのかもわからへん。
ただ、遺影の穂高に向かって、心の中で呟いた。
――お前、なんで……。
答えは、当然返ってこない。
後ろで次の参列者が待っている気配がして、俺はすぐに一礼して場所を空けた。
と、その瞬間。
「ヤッホー、しーちゃん!」
俺は驚いて、思わず振り向いた。
物心ついた時からずっと聞いとる、耳馴染みのある声。
――ん?空耳か?
ショックで幻聴が聞こえるようになってもたんかって思ったけど、出口に向かって歩き出した瞬間。
「しーちゃん!俺やって、俺!聞こえとるやろ?」
幻聴ではない。確かに聞こえる。俺は反射的に遺影を見た。
けれど、そこには祭壇の上で笑う薄っぺらい穂高がいるだけやった。
――なに?なんなん、もう……
俺は頭を振って邪念を振り払おうとした。やのに……
「しーちゃんてば!上、上!上見て」
視線を上げると、天井近くの空間にプカプカと浮いた誰かが、ちぎれんばかりに手を振っていた。
「もー、やっと見た!」
重力を無視してひらりと目の前に降りてきて、笑ったそいつ。
――それは制服姿の、事故で死んだはずの親友、穂高だった。
「……ほ、だか?」
「そうそう!」
いつも通りの、変わらない笑顔。少しかがんで俺の顔をのぞき込むところも変わってへん。
「……ほん、ま、に?」
「ほんまほんま。何回言わすねん」
半透明に透けたその身体越しに、奥の遺影を見やる。
「え、いや……わからん……」
穂高の顔がゆっくり歪む。視界がぐらりと揺れて、足元から力が抜ける。
――あ、やば……
そこで、俺の意識はプツリと途切れた。



