◆セツナ・深層観測の異常◆

 ──ZIXI観測ログ/時刻:未確時点(記録整合未確定)

セツナの指がホログラムの表面をなぞるたび、空間に青い光の軌跡が流れる。ZIXIの深層アクセスモード。普段はセキュリティで隔離された領域。

《検索条件:2020~2025年/融合未遂ケース/M-case_log_frag》

それが彼の目的だった。だが──

《補足ログ検出:2033~2038年/未分類記録》

画面の一角に、想定外のログが点滅した。

「……どうして、この時代の記録が……」

指先で選択すると、ノイズ混じりの映像が再生される。荒い輪郭の中、誰かの後ろ姿。光の中で微笑む女性──

(……ミライ……?)

だがその音声は途切れていた。

『──に選ばれるのは、わたしじゃ……』

再生が止まり、画面にアラートが表示される。

《感情タグ一致率:不確定》
《記録出所:強制挿入データの可能性》

「……これは、記録されたものじゃない。誰かが“見せた”記憶だ」

ZIXIの解析が追いつかない。映像と感情タグが不整合を起こしていた。

(この映像……“彼”の記憶と合致している?)

セツナの手元のログに、見覚えのあるコードが現れる。

《補正ログ接続元:Z001》

「Z001……ユイ。いや、まさか……」

セツナの思考が急速に回転する。

(ユイは人間のはず……それなのに、なぜ未来の記録が最初から埋め込まれてる?融合プロトコルに先んじて“感情パターン”が与えられていた……?)

Z001──彼の観測対象。その存在に初めて“違和感”を覚えた瞬間だった。

(これは、偶然じゃない。誰かが融合を選ばせないために、先に“何か”を置いた……でも、それは誰だ?)

セツナはふと視線を落とし、無意識のうちに左手の指先を軽く握る。その仕草は、過去の記憶を呼び起こす鍵のように感じられた。

(母さん……もし、あなたが未来に仕掛けたとしたら、それは“誰か”を守るため?でも、それが新たな存在を生み出してしまったのなら……俺は、それを見過ごせない)

◆シュン・記憶の裂け目◆

 2026年、春の夜。暗がりの部屋に、スマホの灯りが点滅していた。ZIXIアプリのロゴが淡く光り、自動的にログ記録が始まる。画面には、不可解なタイトルのログが浮かんでいる。

《ZIXI補正記憶ログ:再生中》
《記録元:不明/2033~2038年》

映像には、どこか見覚えのある街並みと、もう会えないはずの誰かの声──

『ねぇ、あなたはこの未来を信じる?』

(……知らない……でも、なぜ“懐かしい”と感じる?)

シュンはゆっくりと喉に手を当てた。そこに“星”の感触はない。だが──

(声じゃない……記憶が震えてる)

ZIXIが新たな表示を出す。

《感情タグ一致率:91%》
《記憶整合性:未確定》

──これは、本当に俺の記憶なのか?

喉が熱を帯びてくる。言葉にはならない“何か”が、胸の奥からせり上がってきていた。

(もしも……記憶すら誰かに“見せられた”としたら──)

その瞬間、画面にユイの姿が映し出された。カフェでの会話である。

「……セナさんって、紹介されたんですよね。“ラさん”でしたっけ……?」

(まただ……)

そして、ZIXIが表示する。

《融合候補:Z001/進行率:91%》

(また融合……その“先”に、何がある?)

ソファに沈み込みながら、シュンは思考を止めることができなかった。ふと、ZIXIが再起動を始め、淡く点滅する文字が表示される。

《過去ログとの重複記録:検出》
《記録日時:2035年11月6日/発話主:未登録》

(2035年?……あり得ない)

その音声ファイルが自動的に再生される。

『……わたしの声は、もう届かない。でも、もし聞こえているなら──』

息をのむ。聞き覚えのある“音のかたち”。それは、18年前に聞いた、アイの声に──似ていた。

◆セツナ・ユイへの疑念◆

 ZIXIのログに照らされたセツナの顔は冷静さを保っていたが、瞳の奥には明らかな迷いが宿っていた。

《対象:Z001/記録コード:PROTO-ZX01》
《初期感情記録接続先:2033~2038年》

(Zモデル初期体の記録接続先が……なぜ未来?ユイは、“今”生まれた存在じゃない……?)

ログの裏を読み解いていく。

(Z001は、本来この時代には存在しない。何かの“干渉”が生んだ)

その時、ZIXIの端末が警告を出す。

《TRGコード検出:TRG-∞》
《接続ログ元:ミライ/2038年6月末日》

「……トリガー……」

セツナの手が止まる。

(母さん……あなたが、仕掛けたのか?それとも、ZIXIの意思か……)

映像の中で、ミライの声が重なった気がした。

『この未来を、忘れないで』

セツナはひとつ息を吐き、静かにログを閉じた。

◆ユイ・誰の夢を見ているのか◆

 夜。ユイの部屋。照明は落とされ、ZIXIの画面が小さく明滅している。ベッドに横たわるユイの額には、見えない汗が滲んでいた。夢の中──青い光の中で、誰かが笑っていた。

『あなたの声が……私の中に入ってくる……』

(……誰……?)

目を開ける。だが、現実と夢の区別がつかない。

「今の……記憶?それとも……私の感情……?」

ZIXIのログが表示を始める。

《REM活動レベル:異常低下》
《感情パターン交差:複数経路接続中》

(誰かの……夢の続きを、私が見ている)

そう呟いたとき、ZIXIが赤く光を帯びた。

《補正ログ進行中》
《Z001:意識接続変動/第3相領域へ遷移》

ユイは、自分の中で“何か”が動いているのを、確かに感じていた。

(私……何を見ているの……?)

◆ZIXIログ・補足記録◆

《ZIXIログ:Z001/Z036接触統合率:更新中》
《進行率:92.1%》
《M-case:不安定化》
《TRGコード:TRG-∞(起動中)》

──そのログの最下部に、誰かの声が添えられていた。

『“未来”が動けば、“選択”も変わる──だから、私は信じたの』

ファイル名は、やはり──無題。