あの十七歳の冬、成田空港の出発ロビーで泣きながら蓮を見送ってから、二年の月日が流れた。
十九歳になった私は今、東京の大学に通っている。
地元の街を離れ、慣れない一人暮らしを始め、講義やサークル、アルバイトに追われる忙しい毎日。
かつて「傷つくのが怖い」と自分の殻に閉じこもっていた女子高生の私は、もうどこにもいない。新しい環境に飛び込み、たくさんの人と出会い、時に失敗して落ち込むことがあっても、私は前を向いて歩き続ける強さを手に入れていた。あの切なくて、不器用で、全力だった十七歳の恋が、私の心の土台を強くしてくれたからだ。
「……よし、これで終わり」
八月の上旬。大学の前期試験をすべて終えた私は、その足で東京駅へと向かい、久しぶりに地元の街へと帰る新幹線に飛び乗った。カバンの中には、昨日届いた一通のエアメールが入っている。
『日本の夏休みに合わせて、一時帰国できることになったよ。あの場所で待ってます』
新幹線から在来線へと乗り継ぎ、見慣れた駅に降り立つ。
実家へ荷物を置くと、私は吸い寄せられるように、あの懐かしい河川敷へと自転車を走らせた。坂道を一気に駆け上がると、目の前にはあの頃とまったく変わらない景色が広がっていた。見渡す限りの青い空、どこまでも続く緑の芝生。
そして、夏の暴力的なまでの太陽の光を浴びて、堤防の向こう側には、たくさんの大輪の向日葵が満開に咲き誇っている。
自転車を止め、堤防の斜面を見下ろす。
あたたかなオレンジ色の夕暮れが街を染め始める中、そこに、一人の青年が立っていた。高校生の頃よりも少し背が伸びて、肩幅も広くなり、すっかり大人びた後ろ姿。
だけど、白いTシャツの首元にタオルをかけたその佇まいは、あの夏の日の長谷川蓮そのものだった。
「……蓮くん」
ぽつりと呟いた私の声に、彼がゆっくりと振り返る。
夕日の光の中に、あの頃と全く変わらない、世界で一番眩しくて優しい笑顔が弾けた。
「美咲ちゃん!」
蓮は大きく手を振ると、長い足を動かして、堤防の斜面を駆け上がってきた。私の目の前でぴたりと足を止めると、少し照れくさそうに、でも愛おしそうに私を見つめる。
「本当に、大学生の美咲ちゃんだ。……綺麗になったね」
「からかわないでよ。蓮くんこそ、なんかすごく大人っぽくなって……」
二年の月日は、確かに私たちを少しだけ大人にした。
けれど、お互いを見つめる温度は、あの十七歳の夏のままだ。時差に悩み、国際電話の料金に怯え、寂しさに押しつぶされそうになりながらも、私たちはあきらめずに水をやり続け、この遠距離恋愛という名の向日葵を育ててきたのだ。
「約束通り、また夏にここで会えたね」
蓮がそっと、私の右手を包み込むように握りしめた。大きくて、とてもあたたかい手のひら。
「うん。……蓮くん、私ね、今なら胸を張って言えるよ」
私は彼の目を真っ直ぐに見つめ返し、満開のひまわりのように笑った。
「終わりを怖がって何も持たないのが、正しい選択なんかじゃない。たとえ遠く離れるとしても、傷つく未来が分かっていても、大切な人を全力で愛すること。それが、私の人生の『正解』だったって」
蓮は私の言葉を噛みしめるように深く頷くと、嬉しそうに目を細めた。
「うん。俺たちの正解だね」
握りしめられた手に、きゅっと力がこもる。
沈みゆく夕日が、私たちの影をどこまでも長く、一つに重ね合わせるように伸ばしていく。
十七歳のあの日、傷つく覚悟を決めて踏み出した一歩が、現在の、そして未来の私たちをしっかりと繋いでいた。
私たちの、終わりがなくて、どこまでも眩しい本当の恋が、この向日葵の咲く場所から、また新しく始まっていく。
十九歳になった私は今、東京の大学に通っている。
地元の街を離れ、慣れない一人暮らしを始め、講義やサークル、アルバイトに追われる忙しい毎日。
かつて「傷つくのが怖い」と自分の殻に閉じこもっていた女子高生の私は、もうどこにもいない。新しい環境に飛び込み、たくさんの人と出会い、時に失敗して落ち込むことがあっても、私は前を向いて歩き続ける強さを手に入れていた。あの切なくて、不器用で、全力だった十七歳の恋が、私の心の土台を強くしてくれたからだ。
「……よし、これで終わり」
八月の上旬。大学の前期試験をすべて終えた私は、その足で東京駅へと向かい、久しぶりに地元の街へと帰る新幹線に飛び乗った。カバンの中には、昨日届いた一通のエアメールが入っている。
『日本の夏休みに合わせて、一時帰国できることになったよ。あの場所で待ってます』
新幹線から在来線へと乗り継ぎ、見慣れた駅に降り立つ。
実家へ荷物を置くと、私は吸い寄せられるように、あの懐かしい河川敷へと自転車を走らせた。坂道を一気に駆け上がると、目の前にはあの頃とまったく変わらない景色が広がっていた。見渡す限りの青い空、どこまでも続く緑の芝生。
そして、夏の暴力的なまでの太陽の光を浴びて、堤防の向こう側には、たくさんの大輪の向日葵が満開に咲き誇っている。
自転車を止め、堤防の斜面を見下ろす。
あたたかなオレンジ色の夕暮れが街を染め始める中、そこに、一人の青年が立っていた。高校生の頃よりも少し背が伸びて、肩幅も広くなり、すっかり大人びた後ろ姿。
だけど、白いTシャツの首元にタオルをかけたその佇まいは、あの夏の日の長谷川蓮そのものだった。
「……蓮くん」
ぽつりと呟いた私の声に、彼がゆっくりと振り返る。
夕日の光の中に、あの頃と全く変わらない、世界で一番眩しくて優しい笑顔が弾けた。
「美咲ちゃん!」
蓮は大きく手を振ると、長い足を動かして、堤防の斜面を駆け上がってきた。私の目の前でぴたりと足を止めると、少し照れくさそうに、でも愛おしそうに私を見つめる。
「本当に、大学生の美咲ちゃんだ。……綺麗になったね」
「からかわないでよ。蓮くんこそ、なんかすごく大人っぽくなって……」
二年の月日は、確かに私たちを少しだけ大人にした。
けれど、お互いを見つめる温度は、あの十七歳の夏のままだ。時差に悩み、国際電話の料金に怯え、寂しさに押しつぶされそうになりながらも、私たちはあきらめずに水をやり続け、この遠距離恋愛という名の向日葵を育ててきたのだ。
「約束通り、また夏にここで会えたね」
蓮がそっと、私の右手を包み込むように握りしめた。大きくて、とてもあたたかい手のひら。
「うん。……蓮くん、私ね、今なら胸を張って言えるよ」
私は彼の目を真っ直ぐに見つめ返し、満開のひまわりのように笑った。
「終わりを怖がって何も持たないのが、正しい選択なんかじゃない。たとえ遠く離れるとしても、傷つく未来が分かっていても、大切な人を全力で愛すること。それが、私の人生の『正解』だったって」
蓮は私の言葉を噛みしめるように深く頷くと、嬉しそうに目を細めた。
「うん。俺たちの正解だね」
握りしめられた手に、きゅっと力がこもる。
沈みゆく夕日が、私たちの影をどこまでも長く、一つに重ね合わせるように伸ばしていく。
十七歳のあの日、傷つく覚悟を決めて踏み出した一歩が、現在の、そして未来の私たちをしっかりと繋いでいた。
私たちの、終わりがなくて、どこまでも眩しい本当の恋が、この向日葵の咲く場所から、また新しく始まっていく。



