17歳の夏、枯れない向日葵を君と植える

長谷川蓮がこの街を去る、十二月の金曜日。空は驚くほどに青く、冬の冷たい空気が張り詰めていた。
息を吐くと白く濁り、すぐに冬の風に溶けて消えていく。

学校の授業は、午前中で終わった。
蓮の姿は、もう教室にはなかった。
彼は午前中に担任への挨拶を済ませ、一度自宅に戻ってから、夕方の便で海外へと飛び立つことになっていた。教室の片隅で、私は自分の机に突っ伏したまま、激しく刻まれる胸の鼓動を聞いていた。

蓮から告白されたあの日から、まる一週間。私はずっと、暗闇の中で自問自答を繰り返していた。
「傷つかないこと」が、本当に私の正しい選択なのだろうか。

失うことが怖いから、最初から何も持たない。
別れが苦しいから、誰とも深く関わらない。

そのルールに従って生きていれば、確かに私の心は安全だった。
大きな悲しみに襲われることもなければ、夜も眠れないほど誰かのことで頭を悩ませることもない。

だけど、同時に気づいてしまったのだ。
傷つかないために心を閉ざしていた私の世界には、本当の意味での「喜び」も「輝き」も存在していなかったのだと。
ただ、息を吸って吐くだけの、色彩のない平坦な毎日。
私の世界に、鮮やかな色を連れてきてくれたのは蓮だった。

放課後の図書室、夕暮れの河川敷、何気ないくだらないおしゃべり、そしてひまわりの話。

彼と過ごしたすべての瞬間が、私の心をあたたかく、痛いくらいに震わせた。
もし、このまま蓮を送り出したら、私は確かにこれ以上傷つかずに済むかもしれない。
でも、それは同時に、蓮に出会えた奇跡も、彼を愛おしいと思った私の心も、すべて「なかったこと」にして生きるということだ。ゼロのままで、安全な檻の中に引きこもり続けるということだ。

(……そんなの、絶対に嫌だ)

胸の奥から、ふつふつと湧き上がる熱い感情があった。
それは、十七年間私が一度も使ったことのない、本当の「自分の意思」だった。

『大泣きして、傷つく未来が分かっていて、それでも手を伸ばすの?』

頭の中の防壁が、最後の抵抗をするように問いかけてくる。
私は、微笑んだ。

(そうだよ。大泣きしたっていい。ボロボロに傷ついたっていい。失ったあとの寂しさに耐えられなくて、毎晩枕を濡らす日が来たとしても……私は、彼を好きになったこの気持ちを、絶対に無駄なんかじゃないって胸を張りたい)

終わりが来るから、最初からいらないんじゃない。
終わりが来ると分かっているからこそ、今この瞬間を、命を懸けて愛さなきゃいけないんだ。
ガタ、と激しく椅子を鳴らして立ち上がった。
クラスメイトたちが驚いた顔で私を見る。私は彼らに目もくれず、カバンをひったくるように掴むと、教室の扉を勢いよく開け放った。

「神崎さん!? どこ行くの!?」

後ろから聞こえた声を置き去りにして、私は廊下を猛スピードで駆け抜けた。階段を二段飛ばしで駆け下り、昇降口で靴を履き替えるのももどかしい。自転車置き場へ飛び込み、鍵を外してペダルを踏み込んだ。
冷たい風が容赦なく私の顔を叩き、鼻の奥がツンと痛む。
だけど、足の痛みも寒さも、今の私にはどうでもよかった。

ただ、間に合ってほしい。

それだけを祈りながら、私は全力でペダルを漕ぎ続けた。
通い慣れた街並みが、恐ろしいスピードで後ろへと流れていく。
心臓が破裂しそうに痛い。
呼吸がうまくできなくて、喉の奥が鉄の味がする。
それでも、私はペダルを漕ぐのを止めなかった。

あの坂道が見えてきた。
冬の終わりの、斜めに差し込む夕暮れの光が、堤防の上をオレンジ色に染めている。
自転車を坂の下に投げ捨てるように止め、私は息を切らしながら堤防の斜面を駆け上がった。あたたかいオレンジ色の光の中に、一つの人影が見えた。大きなリュックを背負い、コートを着た少年が、街を見下ろすようにぽつんと立っていた。

「……はせ、がわくん……っ!」

私の枯れた声に、その人影がゆっくりと振り返った。
長谷川蓮の目が見開かれる。
彼は私が本当に来るとは思っていなかったのか、一瞬だけ呆然とした表情を浮かべ、それから、世界で一番眩しい笑顔を私に向けた。

「神崎さん……! 来てくれたんだ」

私は彼の前まで走り寄り、膝に手を突いて激しく呼吸を整えた。
涙と汗が混ざり合って、視界がぐしゃぐしゃになる。
それでも、私はしっかりと顔を上げ、彼の瞳を見つめ返した。

「はぁ、はぁ……っ、約束、したでしょ。私の、正解を、言いに来るって……っ」
「うん。聞かせて、神崎さんの正解」

蓮は優しく微笑みながら、私の言葉を待ってくれた。
彼の瞳には、私のすべてを受け止める覚悟のようなものが宿っていた。
私は深く息を吸い込み、冷たい空気を胸いっぱいに溜めてから、張り裂けんばかりの声で叫んだ。

「私の正解は……終わりが来ても、あなたが好きってこと」

涙が次から次へと溢れ出して、頬を伝って落ちていく。

「傷つくのが怖いなんて、もう言わない。あなたが十二月にいなくなって、私が毎日部屋で大泣きすることになっても、それでも私は、長谷川蓮っていうバカみたいに真っ直ぐな男の子に恋をした今を、絶対に後悔したくない」

私は蓮の一歩前に踏み出し、彼の赤い手のひらを、私の両手でぎゅっと握りしめた。
驚くほどあたたかくて、大きな手。

「遠い海外で離れ離れになるかもしれない。……それでもいい。私と、付き合ってください。 私の十七歳の夏を、秋を、冬を、あなたの思い出でめちゃくちゃにして」

私の全力の告白に、蓮はしばらく目を見開いたまま立ち尽くしていた。
やがて、彼の大きな瞳からも、ポロポロと涙が溢れ出した。

「……ずるいよ、神崎さん」

蓮は泣き笑いのような顔をして、私の手を握り返した。
その力が強くて、彼の本気が手のひらを通じて伝わってくる。

「そんなこと言われたら、俺、向こうに行きたくなくなっちゃうじゃん。……でも、めちゃくちゃ嬉しい。ありがとう、美咲ちゃん」

初めて名前で呼ばれた瞬間、胸の奥が甘酸っぱい痛みで破裂しそうになった。

「俺と付き合ってください。一日だけじゃない。遠く離れても、俺たちのひまわりは絶対に枯れないって、俺が一生をかけて証明するから」

蓮はそう言うと、私の体をそっと抱きしめた。
コート越しに伝わる彼の心音と体温が、冬の冷たさをすべて吹き飛ばしてくれるようだった。
彼の腕の中で、私は声を上げて泣いた。

今度の涙は、悲しい涙じゃない。
傷つく覚悟を決めた、私の誇らしい涙だ。
遠くで、街の夕方のチャイムが響き渡る。夕日はゆっくりと山の向こうへ沈んでいき、空には深い群青色と、一番星の輝きが広がり始めていた。


『終わりが来るなら、最初からいらない』


かつてそう思っていた十七歳の私は、もうどこにもいない。
たとえ終わりが来ても、失う恐怖に怯えるよりも、今ある輝きを全力で愛すること。

それが、私が十七歳の冬に見つけた、たった一つの、最高に美しくて正しい「正解」だ。
私と蓮の、期限付きの、だけど永遠に続く恋が、この河川敷から新しく始まろうとしていた。