17歳の夏、枯れない向日葵を君と植える

「終わりが来るなら、最初からいらない」

それが、十七歳になった私の、誰にも言えない座右の銘だった。形あるものはいつか壊れるし、楽しい時間は必ず過ぎ去る。
誰かと深く関われば関わるほど、それが失われたときの反動は大きくなる。
だったら、最初から何も持たなければいい。
期待しなければ、裏切られることもない。傷つかないことこそが、この不確実な世界を賢く生き抜くための「正しい選択」なのだ。

高校二年生の蒸し暑い初夏。
エアコンの効きが悪い教室で、私は頬杖をつきながら、窓の外の入道雲を眺めていた。
視界の端で、クラスの男子たちが騒がしく笑い声を上げている。その中心にいるのは、先月転校してきたばかりの少年――長谷川 蓮だった。蓮は、転校初日からクラスの有名人だった。容姿が端麗だとか、特別な才能があるからではない。彼が「一年後に父親の仕事の都合で、海外へ移住することが決まっている」という、奇妙な期間限定の存在だったからだ。

(どうせ、すぐいなくなるのに)

私は冷めた視線を彼に向けて、小さく息を吐き出す。
一年後には確実にいなくなる人間。
それなのに、蓮はまるでこの学校にずっといるかのように、誰に対しても人懐っこい笑顔を向け、積極的に友達を作っていた。部活の助っ人に顔を出し、クラスの行事にも全力で取り組んでいる。

私には、彼のそのエネルギーが理解できなかった。
終わりが分かっている関係に、どうしてそこまで時間と感情を投資できるのだろう。別れの瞬間に、何倍もの寂しさに襲われるだけなのに。
私なら、誰とも深く関わらず、ただ息を潜めて一年が過ぎるのを待つ。
それこそが、一番傷つかない方法だから。

「……はぁ」

終礼のチャイムが鳴り響き、クラスメイトたちが次々と部活やバイトへと散っていく中、私は一人、重い腰を上げた。
今日は不運にも、私が週に一度の日直に当たっている日だった。
黒板を消し、日誌を書き、教室の窓を閉める。地味で面倒な作業を淡々とこなしていると、背後でガラガラと大きな音がした。振り返ると、掃除用具入れの前に蓮が立っていた。

「あ、ごめん。驚かせちゃった?」

蓮は決まり悪そうに頭を掻きながら、いたずらっぽく笑った。

「長谷川くん? どうして残ってるの。部活は?」
「今日はオフなんだ。でも、先生に『放課後、プリントの整理を手伝ってくれ』って頼まれちゃってさ。これ、隣の空き教室に運ぶやつ」

彼の足元には、古びた段ボール箱がいくつか置かれていた。中には、過去の文化祭の資料や、使い古されたプリントがぎっしりと詰まっている。どうやら資料室の片付けを押し付けられたらしい。

「ふーん。大変だね」

私は興味なさそうに視線を戻し、黒板消しをクリーナーにかけた。ガガガ、と無機質な音が教室に響く。
関わらない。
それが私のルールだ。

「ねえ、そっち終わったら、ちょっとだけ手伝ってくれない?」

不意にかけられた声に、私は手を止めた。蓮は段ボールを抱えたまま、首を傾げて私を見つめている。

「……日直の仕事じゃないし。私、早く帰りたいから」
「冷たいなぁ。ジュース奢るからさ、お願い!」

蓮は「頼む!」と両手を合わせる。その真っ直ぐな瞳に見つめられると、妙な圧迫感があって、私はそれ以上強く拒絶することができなかった。ここで押し問答をする方が、時間を無駄にするような気がしたからだ。

「……一箱だけだからね」
「やった! ありがとう、……えっと、神崎さん」

私の名前を覚えていたことに少しだけ驚いたが、私は表情を変えずに、一番小さな段ボールを無言で抱え上げた。二人で静まり返った廊下を歩く。
夕方が近づき、オレンジ色の光が長い影を床に落としていた。

「神崎さんって、いつも静かだよね」

沈黙に耐えかねたのか、蓮が話しかけてきた。

「別に。話すことがないだけ」
「そっか。俺、転校してきたばかりだから、クラスのいろんな人と話してみたいんだ。神崎さんとも、もっと話してみたかったから、今日手伝ってもらえて嬉しいよ」

屈託のない言葉に、胸の奥が少しだけチクリと痛んだ。私は立ち止まらずに、前を向いたまま冷淡な声を出す。

「長谷川くんって、不思議だよね」
「え? 何が?」
「だって、一年後には海外に行っちゃうんでしょ。もう二度と会わないかもしれない人たちと、どうしてそんなに仲良くなろうとするの?」

気づけば、ずっと心の中で思っていた疑問が口から飛び出していた。
少し意地悪な質問だったかもしれない、と後悔したが、もう遅い。蓮は少しだけ目を見開いたが、怒る風でもなく、困ったように笑った。

「あはは、確かにみんなに言われるよ。『どうせすぐいなくなるのに、元気だね』って」
「……思わないの? 仲良くなればなるほど、別れるときに寂しくなるって。最初から関わらなければ、誰も傷つかずに済むのに」

私の言葉は、自分自身に言い聞かせるための盾のようだった。資料室に到着し、私たちは段ボールを床に下ろした。埃っぽい部屋の中に、夕日が斜めに差し込んでいる。蓮は下ろした段ボールの上に腰掛け、窓の外を見つめながら静かに口を開いた。

「寂しくなるよ。それは、すごくよく分かる」

彼の声は、いつもより少しだけ低く、大人びて聞こえた。

「でもさ、終わりが来るからって、今ある時間を全部なかったことにするのは、もったいないなって思うんだ。だって、一年後になくなるとしても、今ここにいる俺たちの時間は本物でしょう?」

蓮は私の方を振り返り、悪戯が成功した子供のような、眩しい笑顔を浮かべた。

「終わりが決まっているからこそ、今を全力で楽しまなきゃ損じゃん。ここでみんなと作った思い出は、俺が日本を離れても、ずっと俺の中に残り続けるから。消えてなくなるわけじゃないんだよ」
「……っ」

私は言葉を失った。彼の言葉は、私が頑なに守ってきた「正しい選択」という名の壁を、正面から優しく叩き割るような響きを持っていた。傷つかないために、最初から何もいらないと言い切る私。終わりが来ると分かっていても、今この瞬間の輝きを信じて手を伸ばす蓮。
私たちは、正反対だった。
だからこそ、彼のその強さと眩しさが、私の冷え切った心に、消えない小さな火を灯してしまったようだった。

「ほら、約束のジュース。何がいい?」

資料室を出た後、自販機の前で小銭をチャリンと鳴らす蓮の横顔を見ながら、私は胸の鼓動が少しだけ速くなっていることに気づいた。
これが、私と蓮の、本当の始まりだった。
十七歳の夏。期限付きのカウントダウンが、静かに始まろうとしていた。