「……すみれ?」
湯浴みを終え、寝室へ戻った俺は、思わず声を落とした。
ベッドの上には、一人の少女が、穏やかな寝息を立てて横たわっている。
つい数時間前まで、豪華絢爛な衣裳に身を包み、誰よりも遠く、誰よりも神聖な場所に立っていたはずの存在。
それが今は、信じられないほど無防備で、静かな呼吸を刻みながら、俺の寝台に身を預けている。
幻だったのではないか——。
そんな錯覚すら覚えるほど、彼女はあまりに素のままで、純粋だった。
すべてを俺に委ね、疑うこともなく眠るその横顔を見た瞬間。
胸の奥に渦巻いていた緊張も、新婚の夜としての覚悟も、形を失い、ただ一つの感情に塗り替えられていく。
——愛しい。
「……無理もないな。今日は、酷く疲れただろう」
独り言のようにそう呟き、そっと彼女の肩口まで布団を掛け直す。
指先が触れぬよう、細心の注意を払いながら。
言葉を交わさずとも。
肌を重ねずとも。
今、この腕の中に彼女がいる。
ただその事実だけで、長いあいだ荒んでいた俺の魂が、これ以上ないほど満たされていくのを感じた。
かつて、一生涯を孤独の中で終えるのだと覚悟した日がある。
『黒薔薇』という強過ぎる『異能』を宿す俺に、誰かと寄り添う未来などあるはずがないと。
触れ合える『双蕊』など、現れるはずがないと——半ば、諦めていた。
そんな絶望の淵にいた俺の前へ、あの雪の日、突然現れたのが、この儚い少女だった。
湯浴みを終え、寝室へ戻った俺は、思わず声を落とした。
ベッドの上には、一人の少女が、穏やかな寝息を立てて横たわっている。
つい数時間前まで、豪華絢爛な衣裳に身を包み、誰よりも遠く、誰よりも神聖な場所に立っていたはずの存在。
それが今は、信じられないほど無防備で、静かな呼吸を刻みながら、俺の寝台に身を預けている。
幻だったのではないか——。
そんな錯覚すら覚えるほど、彼女はあまりに素のままで、純粋だった。
すべてを俺に委ね、疑うこともなく眠るその横顔を見た瞬間。
胸の奥に渦巻いていた緊張も、新婚の夜としての覚悟も、形を失い、ただ一つの感情に塗り替えられていく。
——愛しい。
「……無理もないな。今日は、酷く疲れただろう」
独り言のようにそう呟き、そっと彼女の肩口まで布団を掛け直す。
指先が触れぬよう、細心の注意を払いながら。
言葉を交わさずとも。
肌を重ねずとも。
今、この腕の中に彼女がいる。
ただその事実だけで、長いあいだ荒んでいた俺の魂が、これ以上ないほど満たされていくのを感じた。
かつて、一生涯を孤独の中で終えるのだと覚悟した日がある。
『黒薔薇』という強過ぎる『異能』を宿す俺に、誰かと寄り添う未来などあるはずがないと。
触れ合える『双蕊』など、現れるはずがないと——半ば、諦めていた。
そんな絶望の淵にいた俺の前へ、あの雪の日、突然現れたのが、この儚い少女だった。



