【Web版】無華の花嫁3~秘めた力を狙われた少女は、黒薔薇の殿下に溺愛される~

「こちらへ。ヴェールの形を今一度、整えさせていただきますね」

 信子さんがそっと背後に寄り添い、優しく私の背へ手を伸ばす。
 頭上の透明な布が、肩から背へまっすぐ美しい放物線を描いて落ちるよう、慈しむように丁寧に撫で整えられた。
 背中を通り抜ける信子さんの指先が、少しくすぐったい。

 こんなに美しい衣を纏い、高貴な指輪を授かり。
 そして今、この一瞬の私の姿が紙の上に永久に焼きつけられて残されるのだ。

 もし、これがすべて残酷な夢だったら。
 目が覚めたら、また冷たい蔵の床に寝転んでいたら——。
 幸せであればあるほど、臆病な考えが頭を掠めてしまう。

「妃殿下、そのまま少しだけ顎を上げてください」
「……は、はひっ」

 呼ばれ慣れない言葉に、声が裏返ってしまった。

「くくくっ……緊張しなくても大丈夫だ」
「……はい……」

 恥ずかしくて頬が熱いのに、ヴェールのせいで表情を隠せるのが、なぜだか救いだった。

 指示に従って顔を上げると、ヴェール越しの空気がふわりと揺れた。
『妃殿下』と呼ばれ、自分が誰の隣に立っているのかを突きつけられるたびに、心臓が激しく跳ねる。

「殿下、もう一歩だけ妃殿下に寄ってください。肩を触れ合わせるように」
「ああ。これくらいだろうか」

 暁臣様がさらに一歩、私の内側へ踏み込んでくる。
 微かに触れるほどの気配だけで、胸が焼け付くように熱くなる。
 衣装のせいで肩が触れそうで触れない、もどかしい距離。
 けれど下ろした指先だけは、彼の手によって確かに力強く重ねられていた。
 私の震えを、上から押さえるように。

 写真師の方が、大きなカメラの後ろで黒い布を頭からすっぽりとかぶる。
 カチ、カチ、とレンズの焦点を調整する金属音。
 その音が、やけに心臓の鼓動に似て聞こえた。

「では——お二人とも、こちらを真っすぐご覧ください」

 合図に合わせて、ぎこちなく足を動かし向きを整える。
 慣れないハイヒールの不安定さが怖くて、ドレスの裾を踏まないか気がかりで、呼吸が浅くなっていく。

「奥様、目線は少しだけ前へ。顎を引きすぎず、はい、そのまま……では、撮ります!」