妻……。
本当に……私が、この方の。
そんな夢のような人生が自分に訪れるなんて、あの日まで欠片も思っていなかった。
あの仄暗い蔵の中で、誰にも知られず、埃にまみれて人生を終えるのだとばかり信じて疑わなかったのに。
「これから、写真を撮ろうか」
「写真、ですか?」
「ああ。写真館の人間を、邸へ呼んである」
そう提案されても、最初は何のことか想像すら及ばなかった。
写真——。
それは、裕福な家の方々が『誰かの特別な記念』に添える、限られた者だけの特権。
私のような存在には、一生涯縁のない贅沢品だと、ずっと思い込んでいたから。
暁臣様に導かれ、ホールの奥にある広間へ歩を進める。
夜の静まり返った邸には、二人の足音だけが規則正しく響き渡った。
けれど——重厚な扉の向こう側から、微かな人の気配と物音が漏れ聞こえてくる。
コツ、コツ。
硬い革靴が床を踏みしめる音。
カチリ。
精密な機械の金具が噛み合う金属音。
さらり。
大きな布が空気を孕んで払われる音。
恐る恐る視線を向けると、見慣れぬ黒い正装の男性たちが数人控えていた。
彼らは巨大な黒い箱を抱え、重厚な木製の三脚のようなものを担いでいる。
年配の男性が一歩前に出ると、深々と丁寧に頭を下げた。
「本日は誠におめでとうございます、殿下、妃殿下。このような慶事に拝謁し、撮影させていただけますこと、光栄の至りに存じます」
『妃殿下』——その呼び名だけで、胸の奥がきゅっと鳴った。
喉の奥まで熱が上がり、頷くだけで精一杯になる。
——本当に、私のために呼んでくださっていたんだ。
広間の一角には、いつの間にか背景となる上品な模様の布が美しく張られている。
見たこともない大きなレンズのついた機械。様々な道具。
そして、強烈な光を放つための灯りが次々と点灯される。
準備の手際が良すぎて、夢の中みたいだ。
ぱち、ぱち、と炭が爆ぜるような小さな火が灯る音がした。
淡く青白い光が広間に広がり、私の纏うドレスの白が闇の中にいっそう柔らかく、真珠のような光沢を帯びて浮かび上がる。
白が、白のまま息をする。
本当に……私が、この方の。
そんな夢のような人生が自分に訪れるなんて、あの日まで欠片も思っていなかった。
あの仄暗い蔵の中で、誰にも知られず、埃にまみれて人生を終えるのだとばかり信じて疑わなかったのに。
「これから、写真を撮ろうか」
「写真、ですか?」
「ああ。写真館の人間を、邸へ呼んである」
そう提案されても、最初は何のことか想像すら及ばなかった。
写真——。
それは、裕福な家の方々が『誰かの特別な記念』に添える、限られた者だけの特権。
私のような存在には、一生涯縁のない贅沢品だと、ずっと思い込んでいたから。
暁臣様に導かれ、ホールの奥にある広間へ歩を進める。
夜の静まり返った邸には、二人の足音だけが規則正しく響き渡った。
けれど——重厚な扉の向こう側から、微かな人の気配と物音が漏れ聞こえてくる。
コツ、コツ。
硬い革靴が床を踏みしめる音。
カチリ。
精密な機械の金具が噛み合う金属音。
さらり。
大きな布が空気を孕んで払われる音。
恐る恐る視線を向けると、見慣れぬ黒い正装の男性たちが数人控えていた。
彼らは巨大な黒い箱を抱え、重厚な木製の三脚のようなものを担いでいる。
年配の男性が一歩前に出ると、深々と丁寧に頭を下げた。
「本日は誠におめでとうございます、殿下、妃殿下。このような慶事に拝謁し、撮影させていただけますこと、光栄の至りに存じます」
『妃殿下』——その呼び名だけで、胸の奥がきゅっと鳴った。
喉の奥まで熱が上がり、頷くだけで精一杯になる。
——本当に、私のために呼んでくださっていたんだ。
広間の一角には、いつの間にか背景となる上品な模様の布が美しく張られている。
見たこともない大きなレンズのついた機械。様々な道具。
そして、強烈な光を放つための灯りが次々と点灯される。
準備の手際が良すぎて、夢の中みたいだ。
ぱち、ぱち、と炭が爆ぜるような小さな火が灯る音がした。
淡く青白い光が広間に広がり、私の纏うドレスの白が闇の中にいっそう柔らかく、真珠のような光沢を帯びて浮かび上がる。
白が、白のまま息をする。



