【Web版】無華の花嫁3~秘めた力を狙われた少女は、黒薔薇の殿下に溺愛される~

 祝宴がすべてお開きになるころには、私の身体も思考も、とうに限界を迎えていた。
 暁臣様と共に、ようやく静寂の守られた帰路の車へ乗り込む。

 扉が閉まる。
 外の喧騒が、布を一枚隔てたように遠のいた。

 目が合った瞬間、どちらからともなく手が伸び、指が絡む。
 強く、ほどけぬように——確かめ合うみたいに。

 今日、初めて触れる暁臣様の掌の温度。
 その熱がじわりと移ってくるだけで、一日中張りつめていた緊張の糸が、ようやく優しく解けていく。
 喉の奥に溜めていた息が、少しずつ吐ける。

 窓の外は、すっかり深い夜の闇。
 昼間の突き抜けるような秋晴れが嘘のように、世界は静かな沈黙に包まれている。
 街の灯りが、遠くで滲んだ。

 ——帰るんだ、あのお邸へ。

 不思議。
 お邸を出たときは『朝霞すみれ』だったはずなのに。
 今の私は『五条すみれ』になっているだなんて。
 名前一つで、世界の輪郭まで変わってしまう。

『帰る』という言葉が、こんなにも甘やかで、尊く感じられる日が来るなんて。
 かつての私には、想像すらできなかった。
 帰る場所がある。それだけで胸が満ちるなんて——。

 暁臣様の手に促されるまま、肩に頭を預ける。
 硬いはずの礼装越しの肩が、今はひどく安心できる場所だった。
 ゆっくりと目を閉じる。

 もう、私が帰るべき場所はここしかない。
 そのことだけは、暗闇の中でもはっきりと、鮮やかにわかっていた。
 揺れに身を任せたまま、指を絡めた手に、そっと力を返す。