好きに、と言われても。
お妃教育で、着物の文様や帯の柄が持つ意味をどれだけ教わっても、私にはまだ自信がない。
今の自分に何が相応しいのか、何を選べば暁臣様の隣で恥をかかずに済むのか。
やっぱり、自分で選ぶということには戸惑いと恐怖がつきまとう。
選んだ瞬間、それが『私の責任』になる。
——その重みが、まだ怖い。
けれど——今後、私はもっと多くの、もっと重い選択を迫られる日が来るはずだ。
そのとき、暁臣様なら私の出す答えが正しくても、たとえ間違っていたとしても、きっとすべてを受け止めてくださる。
そんな確信だけが、今の私の支えだった。
『大丈夫』と言ってもらえなくても分かる。
暁臣様は、私が倒れそうなときにだけ、必ず手を伸ばしてくれる。
——だから今は、小さな選択から、逃げないでみたい。
「では……どんなお着物にも合わせやすい、落ち着いた帯があれば、それをお願いしたく思います」
「畏まりました。誠心誠意、仕立てさせていただきます」
言い終えてから、心臓が遅れてどくんと鳴った。私、ちゃんと言えた。
眩いばかりの生地に囲まれた和室を後にし、廊下へ出ると、ようやく詰めていた息を吐き出すことができた。
冷たい木の匂いがして、頭が少しだけすっきりする。
——さっきまで、色の海に沈んでいたみたいだ。
「本当に、帯だけで良かったのか?遠慮しているのなら……」
「はい。遠慮、ではありません」
これまで、暁臣様には数え切れないほど素晴らしいお着物を贈っていただいた。
けれど、生まれて初めて、『私のために』と彼が選んで仕立ててくださったあの振袖。
蔵から出たばかりの私を、外の世界へと連れ出してくれたあの一着は、私にとって何にも代えがたい、特別に思えてならない。
あの袖が揺れるたび、私は『ここにいていい』と教えられている気がした。
もし、このまま暁臣様と無事に夫婦になれたら。
それはこの上ない幸せだけれど、もう二度と、あの振袖を着ることはできなくなってしまう。
大人の女性の証として袖を切ってしまう前に、もう一度だけ。
彼が初めて贈ってくれたあの長い袖を揺らして、彼の隣を歩きたい。
——私が私のままで、彼の隣へ行けた証を、もう一度確かめたい。
「そうか。すみれがあの着物を気に入ってくれているなら、それが一番だ」
納得したように頷くと、暁臣様の大きな掌が、ぽん、と私の頭に乗せられた。
優しく、慈しむような重み。髪越しでも伝わる温かさに、喉の奥がつんとする。
触れられているのに怖くない。——それが、今もまだ不思議だ。
前回の園遊会から、一年。
私は少しでも、この温かな掌に相応しい女性になれているのだろうか。
相応しい、という言葉が嫌いなのに、どうしてもそれを考えてしまう。
だって暁臣様の隣は、いつだって眩しいから。
どうか、この掌を離さないで。
この温もりを、私に。私の願いは、ただそれだけなんです。
そんな、言葉にするにはあまりに切実すぎる願いを胸の奥に秘めて、私は差し伸べられた彼の手を、そっと握り返した。
指先が触れ合った瞬間、心臓の音が少しだけ落ち着いた。
——ここが、私の帰る場所だと信じたくて。
お妃教育で、着物の文様や帯の柄が持つ意味をどれだけ教わっても、私にはまだ自信がない。
今の自分に何が相応しいのか、何を選べば暁臣様の隣で恥をかかずに済むのか。
やっぱり、自分で選ぶということには戸惑いと恐怖がつきまとう。
選んだ瞬間、それが『私の責任』になる。
——その重みが、まだ怖い。
けれど——今後、私はもっと多くの、もっと重い選択を迫られる日が来るはずだ。
そのとき、暁臣様なら私の出す答えが正しくても、たとえ間違っていたとしても、きっとすべてを受け止めてくださる。
そんな確信だけが、今の私の支えだった。
『大丈夫』と言ってもらえなくても分かる。
暁臣様は、私が倒れそうなときにだけ、必ず手を伸ばしてくれる。
——だから今は、小さな選択から、逃げないでみたい。
「では……どんなお着物にも合わせやすい、落ち着いた帯があれば、それをお願いしたく思います」
「畏まりました。誠心誠意、仕立てさせていただきます」
言い終えてから、心臓が遅れてどくんと鳴った。私、ちゃんと言えた。
眩いばかりの生地に囲まれた和室を後にし、廊下へ出ると、ようやく詰めていた息を吐き出すことができた。
冷たい木の匂いがして、頭が少しだけすっきりする。
——さっきまで、色の海に沈んでいたみたいだ。
「本当に、帯だけで良かったのか?遠慮しているのなら……」
「はい。遠慮、ではありません」
これまで、暁臣様には数え切れないほど素晴らしいお着物を贈っていただいた。
けれど、生まれて初めて、『私のために』と彼が選んで仕立ててくださったあの振袖。
蔵から出たばかりの私を、外の世界へと連れ出してくれたあの一着は、私にとって何にも代えがたい、特別に思えてならない。
あの袖が揺れるたび、私は『ここにいていい』と教えられている気がした。
もし、このまま暁臣様と無事に夫婦になれたら。
それはこの上ない幸せだけれど、もう二度と、あの振袖を着ることはできなくなってしまう。
大人の女性の証として袖を切ってしまう前に、もう一度だけ。
彼が初めて贈ってくれたあの長い袖を揺らして、彼の隣を歩きたい。
——私が私のままで、彼の隣へ行けた証を、もう一度確かめたい。
「そうか。すみれがあの着物を気に入ってくれているなら、それが一番だ」
納得したように頷くと、暁臣様の大きな掌が、ぽん、と私の頭に乗せられた。
優しく、慈しむような重み。髪越しでも伝わる温かさに、喉の奥がつんとする。
触れられているのに怖くない。——それが、今もまだ不思議だ。
前回の園遊会から、一年。
私は少しでも、この温かな掌に相応しい女性になれているのだろうか。
相応しい、という言葉が嫌いなのに、どうしてもそれを考えてしまう。
だって暁臣様の隣は、いつだって眩しいから。
どうか、この掌を離さないで。
この温もりを、私に。私の願いは、ただそれだけなんです。
そんな、言葉にするにはあまりに切実すぎる願いを胸の奥に秘めて、私は差し伸べられた彼の手を、そっと握り返した。
指先が触れ合った瞬間、心臓の音が少しだけ落ち着いた。
——ここが、私の帰る場所だと信じたくて。



