【Web版】無華の花嫁3~秘めた力を狙われた少女は、黒薔薇の殿下に溺愛される~

 一瞬だけ。
 背筋が凍るような鋭い視線が、どこからか絡みついた気がした。
 少し離れた場所。着飾った人々の列の向こう。
 確かめる暇もなく、すぐに招待客の影に遮られて見失ってしまったけれど。

 胸が、きゅっと音を立てて鳴る。
 呼吸が一拍、遅れる。

 祝宴は、止まった時計の針が動き出すように滞りなく進んでいく。
 誰と何を話したのか。
 どのような高貴な方々に挨拶をしたのか。

 後から懸命に思い返しても、霧の向こうの出来事のようにほとんど覚えていない。
 ただ、鉛のような疲労と、幸福に終わりゆく時間だけが、静かに、確実に積み重なっていく。
 頷いて、笑って、杯を受けて——その繰り返し。

 お色直しの合図がかかり、今度は艶やかな色打掛に着替えさせられた。
 白という『無』から、十二単とはまた違った深い深紅へ。
 鏡の中に映る自分は、朝の怯えていた私とはまるで別の生き物のように見えた。
 息を吸うと、胸の奥が強く鳴る。……強くなったのではない。強く見せられている。

 再び暁臣様が待つ会場へと戻る。
 無意識のうちに、先ほど強烈な視線を感じた場所を探してしまっていた。
 見つけたくないのに、確かめたくて。

 ——けれど、そこには穏やかに微笑む綾乃様のお姿があるだけ。
 どこを探しても、あの焦燥を煽るような気配はもう、感じられない。

 ……ああ。胸の奥で、すとん、と何かが落ちる音がした。
 きっと、それでいいのだ。
 きっと、それが——東宮殿下が下した、彼なりの答えなのだ。

 これ以上、私の心からは何も奪わない。
 これ以上、私に絶望も希望も与えない。
 そうして彼は、私を『暁臣様の妻』として切り離したのだと……。
 冷たいようで、ひどく公平な線引き。