【Web版】無華の花嫁3~秘めた力を狙われた少女は、黒薔薇の殿下に溺愛される~

 車を降り、一歩地面を踏みしめた瞬間、肌を撫でる空気が変わった。
 ひんやりとして、どこまでも澄み渡り、俗世の音が遠くへ押し流されていく。

 足元に敷き詰められた真っ白な玉砂利を踏む。
 じゃり……という小さな音が、静寂の中でやけに大きく、鋭く響き渡った。

 なんと、遠い所まできてしまったんだろう……。

 その乾いた音に、ようやく自分の存在を現実へ繋ぎ止められた気がした。
 息を吐く。吐いたはずなのに、胸の奥はまだ硬い。

 周囲には多くの参列者が息を潜めているはずなのに、ざわめき一つ聞こえてこない。
 注がれる無数の視線も、今はどこか遠い世界の出来事のように感じられる。

 歩みを進めるたび、十二単の圧倒的な重みが身体を地上へと引き止めようとする。
 一歩、また一歩。信子さんたちに支えられているはずなのに、心許なさが胸の隙間から這い上がってくる。
 足の指先が、砂利の感触を探すみたいに強ばった。

 教えられた通りの作法で、機械的に足を動かしている。
 けれど心だけが置き去りにされ、身体だけが先に未来へ進んでいるような、奇妙な浮遊感があった。
 自分が自分でなくなるような、薄いめまい。

 ——これから、一体何が起きるのか。
 私に何が務まるのか。

 真っ白になった頭の中を、不安の霧が覆い尽くそうとした、そのときだった。

 しゃん……。

 あまりに澄んだ音が、凛烈な空気を震わせた。
 神職が振るう神楽鈴の音。
 高く、細く、それでいて胸の奥深くまで染み込んでくるような、清らかな響きだった。
 思わず深く息を吸い込む。冷たい空気が喉を通り、身体の芯まで降りていく。

 神職の白い衣が擦れる微かな音。
 玉砂利を一定のリズムで踏む、厳かな足音。
 幾重もの布が揺れ、空気を動かす、かすかな気配。

 そのすべてが恐ろしいほどに静かで、けれど逃げ場がないほど鮮明に私の五感を叩く。
 静けさの中に、無数の『決まり』が立ち上がっている。