【Web版】無華の花嫁3~秘めた力を狙われた少女は、黒薔薇の殿下に溺愛される~

 玄関先に姿を現したすみれを目にした瞬間、文字通り息を吞み、呼吸の仕方を忘れた。
 肺が止まる。心臓だけが妙にうるさい。

 ——美しい。

 だが、その一語では、あまりに足りない。
 幾重にも重ねられた絹の色彩が、秋の柔らかな光を吸い込み、淡く艶めく。
 その奥深い層が、彼女の輪郭を静かに——けれど神々しく浮かび上がらせていた。
 色は洪水のようで、しかし決して騒がしくない。むしろ厳かだ。

 その重厚な装束の中に立つすみれは、目を見張るほどに儚かった。
 今にも折れてしまいそうで、風が吹けば消えてしまいそうな危うさ。
 なのに彼女は、そこに揺るぎない確かな存在として立っている。
 弱さではない。耐えている。あの重さの中で。

 ……見惚れている場合ではない。
 そう己を律しようとするが、抗いようもなく視線が吸い寄せられる。
 一度逸らせば戻れない気がして、結局、逸らせない。
 自分に言い聞かせ、平静を取り戻すまでに、かなりの時間を要した。

「……随分と、重そうだな」
「……はい……とても……身動きが、取れないくらいです」

 言葉を失った自分を誤魔化すように、絞り出したのはそんな何気ない一言だった。
 本当は、今すぐにでも触れたくて仕方がない。
 その細い肩を支え、腕の中に抱き寄せたい。
 だが今ここで私情を露わにすれば、この神聖な瞬間が俺個人の悦びに成り下がってしまう。

 今日は公の場だ。
 すみれを『俺のもの』だと世に誇示する日ではない。
 彼女を五条家の正妃、宮妃として正式に迎えるための儀式だ。
 ——そのために、俺は冷静でいなければならない。

「本当に……美しい。俺には、もったいないくらいだ」

 囁くと、すみれの虹彩色の瞳がわずかに揺れた。
 焦げ茶と紫。左右で異なる色が朝の光を鏡のように反射し、いつもより深く、神秘的に澄んで見える。
 その一瞬だけで、胸の奥が焼ける。

 ……その目で、俺以外の男を見るな。
 喉元までせり上がった独占欲を、強引に飲み込む。
 代わりに差し出すのは、触れない誓いだ。
 彼女のすぐ隣へ立ち、ただ呼吸の距離だけを守る。