藤波様の柔らかな声に、ゆっくりと顔を上げる。
鏡の中に映り込んだその姿は、もはや私の知る『朝霞すみれ』ではなかった。
色彩の洪水のような衣を纏い、威厳すら漂わせるその姿は、まるで古の絵巻物から抜け出してきた、本物のお雛様のようで。
……あんな美しいお雛様みたいだなんて、私なんかが思うなんて、なんて烏滸がましいんだろう……
自分の姿に気圧され、卑下する思いが頭を掠める。
頬のあたりが、ほんの少しだけ強ばる。
けれど、瞳の奥に宿る戸惑いと決意だけは、確かに私のままだった。
怖い。けれど、逃げない。
そうやって、今日を迎えた。
「……すごい……」
小さく漏れた感嘆に、周囲の誰も笑わなかった。
ただ、今日まで私を支えてくれた女性たちが、満足げに、そして静かに頷き返してくれた。
その頷きが、背中を押す。
「それでは……出立いたしましょう。殿下がお待ちです」
立ち上がろうとした瞬間、足元がぐらりと大きくよろめき、咄嗟に両脇から支えられる。
畳を蹴って一歩、足を前へ運ぶだけで、全身の筋肉が悲鳴を上げ、視界が揺れる。
息を吸うたび、胸の奥が衣に押し返されるようだ。
歩く、というより——それはまるで、周囲の支えによって『運ばれている』感覚に近い。
自分の意思だけでは、前へ進めない。
それが悔しいはずなのに、今日はそれすら、ありがたかった。
長い廊下を進む間、幾重にも重なった絹が擦れる『しゅっ、しゅっ』という衣擦れの音だけが、耳元で厳かに響き続ける。
音に合わせて、心臓もゆっくり、ゆっくりと落ち着いていく。
玄関が近づくにつれ、ひんやりと澄み渡った空気の肌触りが変わるのがわかった。
外の気配が、扉の向こうで待っている。
そして、大きな玄関の扉を前に、足が止まる。
「……すみれ」
聞き慣れた、けれどいつもよりずっと深く響く声。
顔を上げると、そこには第一礼装を完璧に着こなした暁臣様が、まっすぐに立っていらした。
背筋の伸びたその姿だけで、胸の奥が熱くなる。
一瞬、世界から音が消え、時間そのものが止まったように感じる。
暁臣様の鋭い視線が、私の頭の先から裾の先までを、なぞるようにゆっくりと動く。
その瞳に宿った驚きと、小さく息を呑む気配が、肌を刺すように伝わってきた。
見られている——それだけで、頬が少し熱い。
鏡の中に映り込んだその姿は、もはや私の知る『朝霞すみれ』ではなかった。
色彩の洪水のような衣を纏い、威厳すら漂わせるその姿は、まるで古の絵巻物から抜け出してきた、本物のお雛様のようで。
……あんな美しいお雛様みたいだなんて、私なんかが思うなんて、なんて烏滸がましいんだろう……
自分の姿に気圧され、卑下する思いが頭を掠める。
頬のあたりが、ほんの少しだけ強ばる。
けれど、瞳の奥に宿る戸惑いと決意だけは、確かに私のままだった。
怖い。けれど、逃げない。
そうやって、今日を迎えた。
「……すごい……」
小さく漏れた感嘆に、周囲の誰も笑わなかった。
ただ、今日まで私を支えてくれた女性たちが、満足げに、そして静かに頷き返してくれた。
その頷きが、背中を押す。
「それでは……出立いたしましょう。殿下がお待ちです」
立ち上がろうとした瞬間、足元がぐらりと大きくよろめき、咄嗟に両脇から支えられる。
畳を蹴って一歩、足を前へ運ぶだけで、全身の筋肉が悲鳴を上げ、視界が揺れる。
息を吸うたび、胸の奥が衣に押し返されるようだ。
歩く、というより——それはまるで、周囲の支えによって『運ばれている』感覚に近い。
自分の意思だけでは、前へ進めない。
それが悔しいはずなのに、今日はそれすら、ありがたかった。
長い廊下を進む間、幾重にも重なった絹が擦れる『しゅっ、しゅっ』という衣擦れの音だけが、耳元で厳かに響き続ける。
音に合わせて、心臓もゆっくり、ゆっくりと落ち着いていく。
玄関が近づくにつれ、ひんやりと澄み渡った空気の肌触りが変わるのがわかった。
外の気配が、扉の向こうで待っている。
そして、大きな玄関の扉を前に、足が止まる。
「……すみれ」
聞き慣れた、けれどいつもよりずっと深く響く声。
顔を上げると、そこには第一礼装を完璧に着こなした暁臣様が、まっすぐに立っていらした。
背筋の伸びたその姿だけで、胸の奥が熱くなる。
一瞬、世界から音が消え、時間そのものが止まったように感じる。
暁臣様の鋭い視線が、私の頭の先から裾の先までを、なぞるようにゆっくりと動く。
その瞳に宿った驚きと、小さく息を呑む気配が、肌を刺すように伝わってきた。
見られている——それだけで、頬が少し熱い。



