その一言で、胸の奥がきゅっと締まった。
よし、と気合を入れて立ち上がろうとして——ようやく悟る。
ああ、私、一人では勝手に動くことすらできないんだ。
誰かの合図があり、誰かが手を差し伸べてくれなければ、歩くことも、向きを変えることすら叶わない。
肩を動かせば、衣がずり、と全身を引き留める。
足を出そうとすれば、裾の重なりが、ゆっくりとしか許してくれない。
けれど、不思議と怖くはなかった。
この圧倒的な重みの中で、私は決して一人ではない。
背後に立つ信子さんの気配、布を見守る藤波様の視線、篠塚様の落ち着いた佇まい——そのすべてが、私を前へ押してくれる。
暁臣様も、この重さを誇りとして知っている人たちも、皆、私と同じ方向を見つめている。
逃げない、と心の中で小さく言い切る。
静かに肺を満たし、息を整える。
重くて、動けなくて、足元すらおぼつかない。
掌にじわりと汗がにじむのを、袖の内側で感じた。
それでも——。
今日、この足で暁臣様の元へ辿り着くための、私にとって最高の鎧なのだと。
少しだけ、理解できた気がした。
十二単を整え終えると、休む間もなく今度は髪の支度とお化粧へと移った。
畳に深く腰を下ろしたまま、篠塚様が私に白粉を塗り始め、藤波様が恭しく漆塗りの櫛を手に取る。
櫛は灯りを受けて、黒く静かに艶めいている。
少し離れた場所では、篠塚様がどこか温かな眼差しで全体の進捗を静かに見守っていた。
気遣いの沈黙が、部屋を満たしている。
「すみれ様、少しの間、動かないでくださいね」
「……はい」
返事はしたはずなのに、声が自分のものではないみたいに細い。
櫛が髪に触れた瞬間、すう、と頭皮をなぞる冷ややかな感触に、思わず背筋が震え、その反動で肩の力がふっと抜ける。
髪を梳く音が、ひと筋、ひと筋、丁寧に響く。
これまでもお屋敷で髪を整えてもらうことはあったけれど、これほどまでに長い時間をかけ、一筋の乱れも許さぬよう扱われるのは初めてだった。
一束ずつ、慎重に、そして力強く。
髪が引かれるたびに、頭がわずかに後ろへと持っていかれる。
首のうしろが、じん、と熱を持つ。
「……っ」
言葉を発する余裕など、もうどこにもない。
ただ、されるがままに意識を委ねる。
複雑に結い上げられ、髪が固定されるごとに、ずっしりとした重みが頭頂部に集まっていく。
先ほどまで全身を押さえつけていた衣の重さに加え、今度は首と肩に新たな重圧がのしかかった。
それなのに、どこか背筋が伸びていくのがわかる。
逃げ場がなくなるほど、覚悟だけが残る。
最後に、繊細な細工が施されたかんざしが、かちり、という音を立てて差し込まれる。
「……終わりましたよ。さあ、鏡をご覧ください」
よし、と気合を入れて立ち上がろうとして——ようやく悟る。
ああ、私、一人では勝手に動くことすらできないんだ。
誰かの合図があり、誰かが手を差し伸べてくれなければ、歩くことも、向きを変えることすら叶わない。
肩を動かせば、衣がずり、と全身を引き留める。
足を出そうとすれば、裾の重なりが、ゆっくりとしか許してくれない。
けれど、不思議と怖くはなかった。
この圧倒的な重みの中で、私は決して一人ではない。
背後に立つ信子さんの気配、布を見守る藤波様の視線、篠塚様の落ち着いた佇まい——そのすべてが、私を前へ押してくれる。
暁臣様も、この重さを誇りとして知っている人たちも、皆、私と同じ方向を見つめている。
逃げない、と心の中で小さく言い切る。
静かに肺を満たし、息を整える。
重くて、動けなくて、足元すらおぼつかない。
掌にじわりと汗がにじむのを、袖の内側で感じた。
それでも——。
今日、この足で暁臣様の元へ辿り着くための、私にとって最高の鎧なのだと。
少しだけ、理解できた気がした。
十二単を整え終えると、休む間もなく今度は髪の支度とお化粧へと移った。
畳に深く腰を下ろしたまま、篠塚様が私に白粉を塗り始め、藤波様が恭しく漆塗りの櫛を手に取る。
櫛は灯りを受けて、黒く静かに艶めいている。
少し離れた場所では、篠塚様がどこか温かな眼差しで全体の進捗を静かに見守っていた。
気遣いの沈黙が、部屋を満たしている。
「すみれ様、少しの間、動かないでくださいね」
「……はい」
返事はしたはずなのに、声が自分のものではないみたいに細い。
櫛が髪に触れた瞬間、すう、と頭皮をなぞる冷ややかな感触に、思わず背筋が震え、その反動で肩の力がふっと抜ける。
髪を梳く音が、ひと筋、ひと筋、丁寧に響く。
これまでもお屋敷で髪を整えてもらうことはあったけれど、これほどまでに長い時間をかけ、一筋の乱れも許さぬよう扱われるのは初めてだった。
一束ずつ、慎重に、そして力強く。
髪が引かれるたびに、頭がわずかに後ろへと持っていかれる。
首のうしろが、じん、と熱を持つ。
「……っ」
言葉を発する余裕など、もうどこにもない。
ただ、されるがままに意識を委ねる。
複雑に結い上げられ、髪が固定されるごとに、ずっしりとした重みが頭頂部に集まっていく。
先ほどまで全身を押さえつけていた衣の重さに加え、今度は首と肩に新たな重圧がのしかかった。
それなのに、どこか背筋が伸びていくのがわかる。
逃げ場がなくなるほど、覚悟だけが残る。
最後に、繊細な細工が施されたかんざしが、かちり、という音を立てて差し込まれる。
「……終わりましたよ。さあ、鏡をご覧ください」



