【Web版】無華の花嫁3~秘めた力を狙われた少女は、黒薔薇の殿下に溺愛される~

 信子さんの穏やかな声に合わせて、必死に肺を広げる。

 重い。
 身体全体が、抗いがたい力で下へ、下へと引かれていく。
 まるで畳の上に、私という存在を縫い留められていくみたいだ。

 これを……私は着て、歩かなければならないの?
 指先が、かすかに震え始める。

「大丈夫ですよ。今はまだ、お身体がこの重さに慣れていないだけですから」

 藤波様の落ち着いた声が耳に届く。
 慣れる、と言われても。
 頭で理解しようとしても、身体の感覚が追いつかない。

 さらに一枚。
 そして、さらに一枚。
 最後に豪奢な唐衣が肩に乗った瞬間、ぐっと重心が落ち、一瞬だけ視界が揺れた。
 前へ倒れそうになるのを、背後で信子さんの手が強く支える。

「……っ」
「無理に踏ん張らなくていいんです。衣装に身を委ねるつもりで」
「……はい……頑張ります……」

 絞り出した声は、少し掠れていた。
 おそらく体重の半分に近い重さが、今、肩と腰にのしかかっている。
 十九年の人生で、こんな重さを受け止めたことは一度もない。

 蔵での暮らしが脳裏をよぎる。
 あの頃の着物は、あまりに軽かった。
 粗末で、薄くて、風が通り抜けるほどに。
 だから動けた。いつでも逃げ出せた。

 けれど、これは違う。
 美しく、重厚で——決して独りでは逃げられない、『約束』の重さだ。
 鏡の中にぼんやり映る自分が、一息ごとに『別の誰か』へ変わっていく。
 その変貌が、はっきりとわかった。

 眩いばかりの華やかな色。
 幾重にも重なり合い、まるで物語を紡ぐような伝統の文様。
 絹の光沢が、灯りを受けて波のように揺れた。

「……綺麗……」

 自分の口からこぼれた感嘆に、いちばん驚いたのは私自身だった。
 重い。苦しい。息が浅くなる。
 それでも——目を逸らしたくない、と思ってしまう。

 これは、私一人が背負っている重さではないのだと、ふと気づく。
 多くの人が心を込めて整え、私を支え、ここまで大切に運んできた想いの結晶。
 指先の一本、糸の端まで、誰かの時間が縫い込まれている。

 藤波様の手が、最後に細かな帯の乱れを整え終えた。
 布の表面を撫でる音が、かすかにする。

「——お支度、整いました」