交わされる会話は、驚くほどに少ない。
けれど、その沈黙は決して重苦しいものではなく、互いの存在を確かめ合うような穏やかな時間だった。
静かで、幸福な朝。
……やっぱり、私のような『無華』が、暁臣様とこれほどの婚儀を挙げるなんて。
夢の続きを見ているのではないかと思ってしまう。
食事が終わるころ、静まり返っていた廊下の方が、急に慌ただしく賑やかになり始めた。
畳を踏む足音が増え、衣擦れの気配が近づいてくる。
息を潜めていた屋敷が、急に「今日」を動かし始めたみたいに。
「失礼いたします」
規則正しいノックの音に続いて扉が開くと、凛とした藤波様の声が響いた。
その後ろには、篠塚様と、そして祈るような微笑みを浮かべた信子さんの姿も見える。
あ……。
その瞬間、胸の奥が、ぎゅっと締め付けられるように縮んだ。
信子さんたちが揃ったということは、これから始まる婚儀の支度の合図。
暁臣様が静かに立ち上がると、私の方を一度だけ、すべてを包み込むように穏やかに見つめて微笑んだ。
その微笑みは『大丈夫だ』と言っているのに、同時に『もう戻れない』とも告げている気がした。
「また後で、会おう」
それだけを言い残して、暁臣様は部屋を出ていく。
閉まる扉の音が、いつもよりずっと重く、そして決定的な響きを持って耳に残った。
「すみれお嬢様。これより、本格的なご準備に入らせていただきますね」
「……はい、よろしくお願いいたします」
「私たち一同、精いっぱい、すみれ様を最高のお姿にお仕上げいたしますから」
藤波様の声が、いつになく厳かで、けれど温かい。
促されるまま、私は衣装が用意されている離れの和室へと向かった。
襖が開かれ、光が流れ込む。
開け放たれた部屋で、陽の光を浴びて眩いばかりの輝きを放つ衣装の数々を目にした瞬間——思わず、息を呑む。
白。
艶やかな絹。
高貴な紫。
そして、燃えるような深紅。
幾重にも折り重なる、重厚な布の気配。
十二単——幼い頃に見たお雛様が纏っていた、あの伝説の衣。
その言葉が、ようやく私の現実として形を結ぶ。
窓の外を見上げれば、どこまでも澄み切った、吸い込まれそうな青空が広がっていた。
けれど、その沈黙は決して重苦しいものではなく、互いの存在を確かめ合うような穏やかな時間だった。
静かで、幸福な朝。
……やっぱり、私のような『無華』が、暁臣様とこれほどの婚儀を挙げるなんて。
夢の続きを見ているのではないかと思ってしまう。
食事が終わるころ、静まり返っていた廊下の方が、急に慌ただしく賑やかになり始めた。
畳を踏む足音が増え、衣擦れの気配が近づいてくる。
息を潜めていた屋敷が、急に「今日」を動かし始めたみたいに。
「失礼いたします」
規則正しいノックの音に続いて扉が開くと、凛とした藤波様の声が響いた。
その後ろには、篠塚様と、そして祈るような微笑みを浮かべた信子さんの姿も見える。
あ……。
その瞬間、胸の奥が、ぎゅっと締め付けられるように縮んだ。
信子さんたちが揃ったということは、これから始まる婚儀の支度の合図。
暁臣様が静かに立ち上がると、私の方を一度だけ、すべてを包み込むように穏やかに見つめて微笑んだ。
その微笑みは『大丈夫だ』と言っているのに、同時に『もう戻れない』とも告げている気がした。
「また後で、会おう」
それだけを言い残して、暁臣様は部屋を出ていく。
閉まる扉の音が、いつもよりずっと重く、そして決定的な響きを持って耳に残った。
「すみれお嬢様。これより、本格的なご準備に入らせていただきますね」
「……はい、よろしくお願いいたします」
「私たち一同、精いっぱい、すみれ様を最高のお姿にお仕上げいたしますから」
藤波様の声が、いつになく厳かで、けれど温かい。
促されるまま、私は衣装が用意されている離れの和室へと向かった。
襖が開かれ、光が流れ込む。
開け放たれた部屋で、陽の光を浴びて眩いばかりの輝きを放つ衣装の数々を目にした瞬間——思わず、息を呑む。
白。
艶やかな絹。
高貴な紫。
そして、燃えるような深紅。
幾重にも折り重なる、重厚な布の気配。
十二単——幼い頃に見たお雛様が纏っていた、あの伝説の衣。
その言葉が、ようやく私の現実として形を結ぶ。
窓の外を見上げれば、どこまでも澄み切った、吸い込まれそうな青空が広がっていた。



