信子さんが膝をつき、慣れた手つきで箱の紐を解いていく。
結び目がほどける音さえ、やけに大きく聞こえた。
蓋が持ち上げられた瞬間、ふわりと清々しい正絹の匂いが立ち上る。
新品の、けれど不思議と心を落ち着かせる匂い。
そこに収められていたのは、目も眩むような純白の重なりだった。
白いのに、決して一つではない『白』。
差し込む光の角度によって、あるときは氷のように冷ややかに透き通り、またあるときは真珠のように柔らかく艶めく。
贅を尽くした絹の地紋が、淡く浮き上がっては消える。まるで呼吸に合わせて瞬いているみたいだ。
そっと指先を伸ばし、その表面をなぞる。
布地は水のように滑らかに滑り、私の指を優しく受け入れた。
荒れ果てた蔵で育った私の指先が、あまりにも粗末に思えてしまうほど、それは至高の品だった。
「……綺麗……」
思わず漏れた溜息のような声に、信子さんが慈愛に満ちた笑みを浮かべる。
「はい。明日は、この白が、すみれお嬢様をこの世でいちばん美しく輝かせてくださいます」
帯、長襦袢、懐剣、末広……。
一つ一つ手にとって確認するたびに、遠い夢のようだった『明日』が、確かな形を持って私の前に現れてくる。
布の重み、紙の手触り、房の揺れ方——どれもが『逃げられない現実』を告げているのに、不思議と嫌ではなかった。
この白無垢は、ただ美しいだけの衣ではない。
私の中で、密かに決めていた大切な意味があった。
『純白を着せるのは、秋まで大切にとっておきたい』
あの日の暁臣様の声が、耳の奥で鮮やかに蘇る。
あのとき、東宮殿下が贈ってきた白い振袖は、私を閉じ込める檻のように見えた。
——着れば、引き寄せられる。拒めない世界へ、また連れ戻される。
そんな恐怖が、あの白には染みついていた。
けれど、今、目の前にあるこの白は違う。
これは、私が私の意思で、暁臣様の隣に立つために選んだ『白』。
誰かの思惑に押し流されるためではない。
私自身が『ここに立つ』と決めた、その証。
「すみれお嬢様……何か、ご不安なことはございますか」
結び目がほどける音さえ、やけに大きく聞こえた。
蓋が持ち上げられた瞬間、ふわりと清々しい正絹の匂いが立ち上る。
新品の、けれど不思議と心を落ち着かせる匂い。
そこに収められていたのは、目も眩むような純白の重なりだった。
白いのに、決して一つではない『白』。
差し込む光の角度によって、あるときは氷のように冷ややかに透き通り、またあるときは真珠のように柔らかく艶めく。
贅を尽くした絹の地紋が、淡く浮き上がっては消える。まるで呼吸に合わせて瞬いているみたいだ。
そっと指先を伸ばし、その表面をなぞる。
布地は水のように滑らかに滑り、私の指を優しく受け入れた。
荒れ果てた蔵で育った私の指先が、あまりにも粗末に思えてしまうほど、それは至高の品だった。
「……綺麗……」
思わず漏れた溜息のような声に、信子さんが慈愛に満ちた笑みを浮かべる。
「はい。明日は、この白が、すみれお嬢様をこの世でいちばん美しく輝かせてくださいます」
帯、長襦袢、懐剣、末広……。
一つ一つ手にとって確認するたびに、遠い夢のようだった『明日』が、確かな形を持って私の前に現れてくる。
布の重み、紙の手触り、房の揺れ方——どれもが『逃げられない現実』を告げているのに、不思議と嫌ではなかった。
この白無垢は、ただ美しいだけの衣ではない。
私の中で、密かに決めていた大切な意味があった。
『純白を着せるのは、秋まで大切にとっておきたい』
あの日の暁臣様の声が、耳の奥で鮮やかに蘇る。
あのとき、東宮殿下が贈ってきた白い振袖は、私を閉じ込める檻のように見えた。
——着れば、引き寄せられる。拒めない世界へ、また連れ戻される。
そんな恐怖が、あの白には染みついていた。
けれど、今、目の前にあるこの白は違う。
これは、私が私の意思で、暁臣様の隣に立つために選んだ『白』。
誰かの思惑に押し流されるためではない。
私自身が『ここに立つ』と決めた、その証。
「すみれお嬢様……何か、ご不安なことはございますか」



