【Web版】無華の花嫁3~秘めた力を狙われた少女は、黒薔薇の殿下に溺愛される~

「っ……」
「すみれ、お前が奪うんだ。その『黒薔薇』を。奴から、すべてをっ!」

 雨足が強まる。
 東宮殿下の叫びは雨音にかき消されそうになりながらも、鋭く私の胸を刺し貫いた。

 聞くたびに、先ほどまでの恐怖が冷たい泥のように湧き上がる。
 妹の百合からは『返せ』と罵られ、今度は東宮殿下から『奪え』と命じられる。

 ——私は、『無華』として生まれた私は。
 誰かから何かを奪うための道具としてしか価値がないというのか。
 そう言われ、それだけを期待される。
 私の心など、最初から無いものみたいに扱われる。

「……私は……何も、奪えません……」

 掠れた声は、雨に溶けた。彼に届いているのかさえわからない。
 奪いたくないのに、私の存在そのものが誰かを傷つけ、何かを奪ってしまう。
 私はただ、誰かを傷つけるような生き方はしたくないだけなのに。

「私は……『華』があっても、例えなくても……ただ、暁臣様と一緒にいたいだけなんです」

 ほんの少しの、慎ましやかな幸せ。
 けれど、暁臣様といること以上に幸せなことなど私にはなくて。
 それすら願うなと、天に拒絶されているような気がしてならなかった。

「恒一様……もう、よろしいではありませんか。あなたは『華』などに頼らずとも、必ずやこの国を導く良き王になれます」

 綾乃様が、拒絶を恐れずに東宮殿下のそばへ歩み寄る。
 諭すように、けれど折れない——凛とした声音で。

「これ以上は、東宮殿下としての御身が損なわれます……矛を、お納めください」
「……くそっ……!」

 苛立たしげに髪を掻き上げると、一度もこちらを振り返ることなく、東宮殿下は雨の中を乱暴な足取りで歩き出す。

「五条殿下。すみれ様。この度は……誠に申し訳ありません。後日、改めて近衛家より正式な謝罪を……」

 綾乃様は、今日何度目かになる深い一礼をされた。
 あんなに高貴で美しい方を、今日一日で二度も、私なんかのために頭を下げさせてしまった。
 その事実が、胸を刺す。

「……綾乃殿。面を上げてくれ。貴殿に罪はないことは、俺が一番よく知っている」
「それでも……。わたくしは、東宮妃となる身なのですから」