「っ……」
「すみれ、お前が奪うんだ。その『黒薔薇』を。奴から、すべてをっ!」
雨足が強まる。
東宮殿下の叫びは雨音にかき消されそうになりながらも、鋭く私の胸を刺し貫いた。
聞くたびに、先ほどまでの恐怖が冷たい泥のように湧き上がる。
妹の百合からは『返せ』と罵られ、今度は東宮殿下から『奪え』と命じられる。
——私は、『無華』として生まれた私は。
誰かから何かを奪うための道具としてしか価値がないというのか。
そう言われ、それだけを期待される。
私の心など、最初から無いものみたいに扱われる。
「……私は……何も、奪えません……」
掠れた声は、雨に溶けた。彼に届いているのかさえわからない。
奪いたくないのに、私の存在そのものが誰かを傷つけ、何かを奪ってしまう。
私はただ、誰かを傷つけるような生き方はしたくないだけなのに。
「私は……『華』があっても、例えなくても……ただ、暁臣様と一緒にいたいだけなんです」
ほんの少しの、慎ましやかな幸せ。
けれど、暁臣様といること以上に幸せなことなど私にはなくて。
それすら願うなと、天に拒絶されているような気がしてならなかった。
「恒一様……もう、よろしいではありませんか。あなたは『華』などに頼らずとも、必ずやこの国を導く良き王になれます」
綾乃様が、拒絶を恐れずに東宮殿下のそばへ歩み寄る。
諭すように、けれど折れない——凛とした声音で。
「これ以上は、東宮殿下としての御身が損なわれます……矛を、お納めください」
「……くそっ……!」
苛立たしげに髪を掻き上げると、一度もこちらを振り返ることなく、東宮殿下は雨の中を乱暴な足取りで歩き出す。
「五条殿下。すみれ様。この度は……誠に申し訳ありません。後日、改めて近衛家より正式な謝罪を……」
綾乃様は、今日何度目かになる深い一礼をされた。
あんなに高貴で美しい方を、今日一日で二度も、私なんかのために頭を下げさせてしまった。
その事実が、胸を刺す。
「……綾乃殿。面を上げてくれ。貴殿に罪はないことは、俺が一番よく知っている」
「それでも……。わたくしは、東宮妃となる身なのですから」
「すみれ、お前が奪うんだ。その『黒薔薇』を。奴から、すべてをっ!」
雨足が強まる。
東宮殿下の叫びは雨音にかき消されそうになりながらも、鋭く私の胸を刺し貫いた。
聞くたびに、先ほどまでの恐怖が冷たい泥のように湧き上がる。
妹の百合からは『返せ』と罵られ、今度は東宮殿下から『奪え』と命じられる。
——私は、『無華』として生まれた私は。
誰かから何かを奪うための道具としてしか価値がないというのか。
そう言われ、それだけを期待される。
私の心など、最初から無いものみたいに扱われる。
「……私は……何も、奪えません……」
掠れた声は、雨に溶けた。彼に届いているのかさえわからない。
奪いたくないのに、私の存在そのものが誰かを傷つけ、何かを奪ってしまう。
私はただ、誰かを傷つけるような生き方はしたくないだけなのに。
「私は……『華』があっても、例えなくても……ただ、暁臣様と一緒にいたいだけなんです」
ほんの少しの、慎ましやかな幸せ。
けれど、暁臣様といること以上に幸せなことなど私にはなくて。
それすら願うなと、天に拒絶されているような気がしてならなかった。
「恒一様……もう、よろしいではありませんか。あなたは『華』などに頼らずとも、必ずやこの国を導く良き王になれます」
綾乃様が、拒絶を恐れずに東宮殿下のそばへ歩み寄る。
諭すように、けれど折れない——凛とした声音で。
「これ以上は、東宮殿下としての御身が損なわれます……矛を、お納めください」
「……くそっ……!」
苛立たしげに髪を掻き上げると、一度もこちらを振り返ることなく、東宮殿下は雨の中を乱暴な足取りで歩き出す。
「五条殿下。すみれ様。この度は……誠に申し訳ありません。後日、改めて近衛家より正式な謝罪を……」
綾乃様は、今日何度目かになる深い一礼をされた。
あんなに高貴で美しい方を、今日一日で二度も、私なんかのために頭を下げさせてしまった。
その事実が、胸を刺す。
「……綾乃殿。面を上げてくれ。貴殿に罪はないことは、俺が一番よく知っている」
「それでも……。わたくしは、東宮妃となる身なのですから」



