「……殿下。あの娘の話は、果たして真実だとお考えですか?他者の『異能』を奪い去るなど——俄かには信じがたい怪説かと」
「嘘も交えているだろうが、その核心に関しては、おそらく事実だろうね」
静まり返った室内で、側近の問いに、恒一は短く答えた。
百合を帰した後の空気は、まるで水底のように重く澱んでいる。
そうでなければ、これまでのすべてが説明できない。
『無華』と蔑まれてきたあの娘の前では、あらゆる『異能』が牙を抜かれる。
触れればすべてを塵芥に変えるはずの暁臣の『黒薔薇』が、彼女に対してのみ沈黙する理由。
そして、百合の証言が事実ならば——
あの娘は、触れることで『異能』そのものを『無』へと還し、あるいは奪い去る可能性を秘めている。
先日の茶会で、暁臣がごく自然に、素手ですみれの手を取っていた光景が脳裏をよぎる。
恐らく、単に触れるだけではない、何か決定的な条件が存在するはずだ。
だが逆に言えば、その条件さえ解明できれば——
暁臣から、あの忌々しい『黒薔薇』を剥ぎ取り、ただの無力な男に堕とすことができる。
「……あの『無華』の娘を、どうしても手元に置きたくなってしまうな」
「……左様でございますか。して、先ほどの百合様はいかがいたしましょう」
低く呟いた恒一の言葉に、側近は一瞬だけ沈黙し、慎重に続けた。
百合——?
一瞬、誰のことか分からず、恒一は眉を寄せた。
すぐに思い至り、興味を失ったように息を吐く。
「ああ。あの娘の妹か」
その声音には、すでに何の感情も残っていなかった。
「あれはもう不要だ。毒にも薬にもならない。適当に理由をつけて、その辺に捨て置いて構わないよ」
つい先ほどまで涙を流し、必死に媚を売っていた女の顔は、すでに記憶の淵で曖昧に溶けている。
恒一の関心は、すみれという特異点にしか向いていなかった。
前回の茶会で見せた、暁臣の過剰な警戒。
あの様子では、今後どれほど招いた所で、暁臣の邸からあの娘を出すことはないだろう。
だが——春の園遊会がある。
すべての皇族、宮家、国を動かす官僚が一堂に会する、逃げ場のない公式行事。
「嘘も交えているだろうが、その核心に関しては、おそらく事実だろうね」
静まり返った室内で、側近の問いに、恒一は短く答えた。
百合を帰した後の空気は、まるで水底のように重く澱んでいる。
そうでなければ、これまでのすべてが説明できない。
『無華』と蔑まれてきたあの娘の前では、あらゆる『異能』が牙を抜かれる。
触れればすべてを塵芥に変えるはずの暁臣の『黒薔薇』が、彼女に対してのみ沈黙する理由。
そして、百合の証言が事実ならば——
あの娘は、触れることで『異能』そのものを『無』へと還し、あるいは奪い去る可能性を秘めている。
先日の茶会で、暁臣がごく自然に、素手ですみれの手を取っていた光景が脳裏をよぎる。
恐らく、単に触れるだけではない、何か決定的な条件が存在するはずだ。
だが逆に言えば、その条件さえ解明できれば——
暁臣から、あの忌々しい『黒薔薇』を剥ぎ取り、ただの無力な男に堕とすことができる。
「……あの『無華』の娘を、どうしても手元に置きたくなってしまうな」
「……左様でございますか。して、先ほどの百合様はいかがいたしましょう」
低く呟いた恒一の言葉に、側近は一瞬だけ沈黙し、慎重に続けた。
百合——?
一瞬、誰のことか分からず、恒一は眉を寄せた。
すぐに思い至り、興味を失ったように息を吐く。
「ああ。あの娘の妹か」
その声音には、すでに何の感情も残っていなかった。
「あれはもう不要だ。毒にも薬にもならない。適当に理由をつけて、その辺に捨て置いて構わないよ」
つい先ほどまで涙を流し、必死に媚を売っていた女の顔は、すでに記憶の淵で曖昧に溶けている。
恒一の関心は、すみれという特異点にしか向いていなかった。
前回の茶会で見せた、暁臣の過剰な警戒。
あの様子では、今後どれほど招いた所で、暁臣の邸からあの娘を出すことはないだろう。
だが——春の園遊会がある。
すべての皇族、宮家、国を動かす官僚が一堂に会する、逃げ場のない公式行事。



