【Web版】無華の花嫁3~秘めた力を狙われた少女は、黒薔薇の殿下に溺愛される~

「……殿下。あの娘の話は、果たして真実だとお考えですか?他者の『異能』を奪い去るなど——俄かには信じがたい怪説かと」
「嘘も交えているだろうが、その核心に関しては、おそらく事実だろうね」

 静まり返った室内で、側近の問いに、恒一は短く答えた。
 百合を帰した後の空気は、まるで水底のように重く澱んでいる。
 そうでなければ、これまでのすべてが説明できない。

『無華』と蔑まれてきたあの娘の前では、あらゆる『異能』が牙を抜かれる。
 触れればすべてを塵芥に変えるはずの暁臣の『黒薔薇』が、彼女に対してのみ沈黙する理由。

 そして、百合の証言が事実ならば——
 あの娘は、触れることで『異能』そのものを『無』へと還し、あるいは奪い去る可能性を秘めている。

 先日の茶会で、暁臣がごく自然に、素手ですみれの手を取っていた光景が脳裏をよぎる。
 恐らく、単に触れるだけではない、何か決定的な条件が存在するはずだ。

 だが逆に言えば、その条件さえ解明できれば——
 暁臣から、あの忌々しい『黒薔薇』を剥ぎ取り、ただの無力な男に堕とすことができる。

「……あの『無華』の娘を、どうしても手元に置きたくなってしまうな」
「……左様でございますか。して、先ほどの百合様はいかがいたしましょう」

 低く呟いた恒一の言葉に、側近は一瞬だけ沈黙し、慎重に続けた。

 百合——?
 一瞬、誰のことか分からず、恒一は眉を寄せた。
 すぐに思い至り、興味を失ったように息を吐く。

「ああ。あの娘の妹か」

 その声音には、すでに何の感情も残っていなかった。

「あれはもう不要だ。毒にも薬にもならない。適当に理由をつけて、その辺に捨て置いて構わないよ」

 つい先ほどまで涙を流し、必死に媚を売っていた女の顔は、すでに記憶の淵で曖昧に溶けている。
 恒一の関心は、すみれという特異点にしか向いていなかった。

 前回の茶会で見せた、暁臣の過剰な警戒。
 あの様子では、今後どれほど招いた所で、暁臣の邸からあの娘を出すことはないだろう。

 だが——春の園遊会がある。
 すべての皇族、宮家、国を動かす官僚が一堂に会する、逃げ場のない公式行事。