「身を守るために、わたくしは『異能』を使いましたの……でも、姉は焼けなかった。それどころか、わたくしの火を……」
男のペンが止まった。
静寂が室内に満ちる。
百合はその沈黙を、『効いた』と受け取って喉の奥を甘く鳴らす。
彼は淡々とした口調で問いを重ねた。
「それ以降、あなたの『異能』そのものが失われた、と」
「はい……!消えてしまったのです。まるで、最初から存在しなかったみたいに……。姉は、わたくしの誇りを奪ったのですわ」
「……『異能』が消えた際、姉の身体に直接触れましたか?」
「ええ、触れて……組み合っておりましたわ……」
百合は確信した。
これこそが、東宮が求めている答えなのだと。
姉を憐れむ健気な自分。
理不尽に力を奪われた哀れな自分。
その姿こそが、高貴なる殿下の同情を引き、怒りを引き、そして『手』を差し伸べさせる。
「百合様。あなたは現在も、継続して通院していらっしゃいますね」
「はい。姉に『異能』を奪われてから……絶望のあまり心身を崩してしまいました……なんとかして、あの力を取り戻したくて……」
男が書類の頁をめくる。
百合は、不遇を耐え忍ぶ聖女のように、慎ましく微笑んで見せた。
男の目がわずかに細くなる。
——だが、その声の温度は変わらない。
「つまり、朝霞すみれには、他者の『異能』を奪い去る力があると。そう断言されるのですね」
「はい……わたくしの『異能』を奪い、今度は五条殿下を誘惑したのです……」
百合はそこで言葉を切り、満足げに息を吸った。
理由ができた。
自分が選ばれなかったのは、姉が禁忌の力で不当に奪ったからだ。
本来あるべき席へ、私を戻して——その台詞を、相手に言わせればいい。
男は静かに、そして重々しく書類を閉じた。
「本日は貴重なご証言をいただき、誠にありがとうございました」
「……え、もう終わりですの……?」
あまりに早すぎる。
殿下は。東宮殿下は現れないのか。
百合の露骨な焦りを見抜いたのか、男は立ち上がり際に、事務的な一言を添えた。
「精査の上、必要があれば、改めてこちらからお呼びいたします」
『改めて』。
その言葉の響きに、百合の胸は再び期待で熱くなった。
これは終わりなどではない。
あの忌々しい姉を破滅させ、自分が世界の中心に返り咲くための、華々しい幕開けなのだ。
——彼女を待ち受けているのが、さらなる深淵であることも知らず。
百合は揚々と応接間を後にした。
男のペンが止まった。
静寂が室内に満ちる。
百合はその沈黙を、『効いた』と受け取って喉の奥を甘く鳴らす。
彼は淡々とした口調で問いを重ねた。
「それ以降、あなたの『異能』そのものが失われた、と」
「はい……!消えてしまったのです。まるで、最初から存在しなかったみたいに……。姉は、わたくしの誇りを奪ったのですわ」
「……『異能』が消えた際、姉の身体に直接触れましたか?」
「ええ、触れて……組み合っておりましたわ……」
百合は確信した。
これこそが、東宮が求めている答えなのだと。
姉を憐れむ健気な自分。
理不尽に力を奪われた哀れな自分。
その姿こそが、高貴なる殿下の同情を引き、怒りを引き、そして『手』を差し伸べさせる。
「百合様。あなたは現在も、継続して通院していらっしゃいますね」
「はい。姉に『異能』を奪われてから……絶望のあまり心身を崩してしまいました……なんとかして、あの力を取り戻したくて……」
男が書類の頁をめくる。
百合は、不遇を耐え忍ぶ聖女のように、慎ましく微笑んで見せた。
男の目がわずかに細くなる。
——だが、その声の温度は変わらない。
「つまり、朝霞すみれには、他者の『異能』を奪い去る力があると。そう断言されるのですね」
「はい……わたくしの『異能』を奪い、今度は五条殿下を誘惑したのです……」
百合はそこで言葉を切り、満足げに息を吸った。
理由ができた。
自分が選ばれなかったのは、姉が禁忌の力で不当に奪ったからだ。
本来あるべき席へ、私を戻して——その台詞を、相手に言わせればいい。
男は静かに、そして重々しく書類を閉じた。
「本日は貴重なご証言をいただき、誠にありがとうございました」
「……え、もう終わりですの……?」
あまりに早すぎる。
殿下は。東宮殿下は現れないのか。
百合の露骨な焦りを見抜いたのか、男は立ち上がり際に、事務的な一言を添えた。
「精査の上、必要があれば、改めてこちらからお呼びいたします」
『改めて』。
その言葉の響きに、百合の胸は再び期待で熱くなった。
これは終わりなどではない。
あの忌々しい姉を破滅させ、自分が世界の中心に返り咲くための、華々しい幕開けなのだ。
——彼女を待ち受けているのが、さらなる深淵であることも知らず。
百合は揚々と応接間を後にした。



