百合は即座に声音の調子を変えた。
弱々しく、今にも消え入りそうなほどに。
己がいかに不当に傷つけられ、愛を奪われたか。聞き手の同情に訴えかけるための、計算し尽くされた声。
「わたくし……ずっと、五条様の『双蕊』になれると信じておりましたの……周囲の皆様も、そう仰ってくださっていましたわ」
男は機械的にペンを走らせるだけで、眉一つ動かさない。
「五条暁臣殿下との具体的な面識については?」
「……ええ、もちろんございますわ。一昨年の年末に朝霞の邸にも足を運んでいただき、父を交えての会食も……婚約者候補として名が挙がっていたのは、確かな事実でございます」
「然るに、候補から外れた理由は」
「それは……姉が、卑怯な手で奪ったからですわ」
言い切った瞬間、百合は自分の涙の顔が上手く作れているかを、相手の瞳に映る影で確かめる。
同情。怒り。憐れみ。——どれでもいい。
ここでほしいのは、味方だ。
芝居がかったその言葉に、自分自身の胸が高鳴るのを感じる。
『奪われた』と言えば、他人は食いつく。
貴族社会の誰もが、嫉妬と憎悪に塗れた姉妹の確執という物語を好むのだから。
——私は、その物語の主人公になればいい。
「奪ったというのは、具体的にどのような手段を」
「姉は……あの方は『無華』でございますの。何一つ持たぬ身でありながら、昔から、妙に……」
百合はそこで言葉を切り、わざとらしく唇を噛んで俯いた。
言い淀めば、恐ろしくて言えないが成立する。
その隙間に、相手が勝手に怖い想像を詰め込むのだ。
男の視線が、初めてわずかに上がり、百合を捉えた。
「妙に、とは?」
「……わたくしの持つ『異能』を、呪うような目つきで見つめておりましたの……ずっと、昔から」
「それは、いつ頃のことです」
「幼い頃ですわ。わたくしが誇り高き『赤薔薇』の加護を授かり、火の『異能』を発現させたばかりの頃……。姉の嫉妬は、あの日から始まったのです」
百合は、自分を清廉な被害者に仕立て上げるための言葉を、慎重に選んで紡ぐ。
誇り高き嫉妬を呪うような目。
誰が聞いても、姉が卑しく見えるように。
「昨年の園遊会後も、わたくしたちは五条様のお邸にご招待を受けましたの。その席でも、姉は五条様をわたくしに奪われると逆上し……正気を失ったように襲いかかってきましたわ」
何度も頭の中で書き換えてきた偽りの記憶。
驚くほど容易く、目尻から涙が零れ落ちる。
百合は身を乗り出し、秘密を共有するように声を潜めた。
ここだ。ここで『怖さ』を足せば、同情は勝手に膨らむ。
弱々しく、今にも消え入りそうなほどに。
己がいかに不当に傷つけられ、愛を奪われたか。聞き手の同情に訴えかけるための、計算し尽くされた声。
「わたくし……ずっと、五条様の『双蕊』になれると信じておりましたの……周囲の皆様も、そう仰ってくださっていましたわ」
男は機械的にペンを走らせるだけで、眉一つ動かさない。
「五条暁臣殿下との具体的な面識については?」
「……ええ、もちろんございますわ。一昨年の年末に朝霞の邸にも足を運んでいただき、父を交えての会食も……婚約者候補として名が挙がっていたのは、確かな事実でございます」
「然るに、候補から外れた理由は」
「それは……姉が、卑怯な手で奪ったからですわ」
言い切った瞬間、百合は自分の涙の顔が上手く作れているかを、相手の瞳に映る影で確かめる。
同情。怒り。憐れみ。——どれでもいい。
ここでほしいのは、味方だ。
芝居がかったその言葉に、自分自身の胸が高鳴るのを感じる。
『奪われた』と言えば、他人は食いつく。
貴族社会の誰もが、嫉妬と憎悪に塗れた姉妹の確執という物語を好むのだから。
——私は、その物語の主人公になればいい。
「奪ったというのは、具体的にどのような手段を」
「姉は……あの方は『無華』でございますの。何一つ持たぬ身でありながら、昔から、妙に……」
百合はそこで言葉を切り、わざとらしく唇を噛んで俯いた。
言い淀めば、恐ろしくて言えないが成立する。
その隙間に、相手が勝手に怖い想像を詰め込むのだ。
男の視線が、初めてわずかに上がり、百合を捉えた。
「妙に、とは?」
「……わたくしの持つ『異能』を、呪うような目つきで見つめておりましたの……ずっと、昔から」
「それは、いつ頃のことです」
「幼い頃ですわ。わたくしが誇り高き『赤薔薇』の加護を授かり、火の『異能』を発現させたばかりの頃……。姉の嫉妬は、あの日から始まったのです」
百合は、自分を清廉な被害者に仕立て上げるための言葉を、慎重に選んで紡ぐ。
誇り高き嫉妬を呪うような目。
誰が聞いても、姉が卑しく見えるように。
「昨年の園遊会後も、わたくしたちは五条様のお邸にご招待を受けましたの。その席でも、姉は五条様をわたくしに奪われると逆上し……正気を失ったように襲いかかってきましたわ」
何度も頭の中で書き換えてきた偽りの記憶。
驚くほど容易く、目尻から涙が零れ落ちる。
百合は身を乗り出し、秘密を共有するように声を潜めた。
ここだ。ここで『怖さ』を足せば、同情は勝手に膨らむ。



