【Web版】無華の花嫁3~秘めた力を狙われた少女は、黒薔薇の殿下に溺愛される~

 報告書を読み終えた恒一は、低く、愉悦に満ちた声を漏らした。
 資料の隙間から覗く、隠し撮りされたすみれの横顔。
 そこには、虐げられた者特有の痛々しい癖が、まだ色濃く残っていた。

 周囲を伺い、呼吸を浅くし、視線を逃がす。
 自らの存在をこの世から消し去りたいと願うような、消極的な生存本能。
 その消え方だけが、妙に洗練されているのが滑稽だった。

 だが、そんな彼女が暁臣の前でだけは、氷が解けるような——無防備で穏やかな顔を見せる。
 あの傲慢で、触れるものすべてを壊し続けてきた『王華』とは名ばかりの『死神』の隣で。
 守られているのではない。彼女だけがあの男をただの人にしている。

「暁臣が持ち得ないものを、あの娘は持っている。そして……あの娘自身も、自分の価値をわずかながらも理解していない」

 恒一にとって、それは最高の玩具を見つけたのと同じだった。
 暁臣の『王華』による破壊の力を無効化する。
 それは言い換えれば、この国の力の均衡を根底から覆せる、ということだ。

 もし彼女を自分の側に置くことができれば。
 暁臣の牙を抜き、あの男から唯一の光を奪い去ることができたなら——。
 そして、その光がこちらを向くなら。なお良い。

「左右違う色の瞳。片方はこの世の闇を映し、もう片方は……過去には禁色ともされてきた、高貴なる紫。実に見事な蒐集品だ」

 恒一は、報告書の最後に記された『妹・朝霞百合』の項目に目を留める。
 かつて暁臣の隣に立つことを狙い、そして姉にそれを奪われたという愚かな妹。
 彼女の持つ『赤薔薇』の嫉妬と怒りは、この退屈な均衡を壊すための、よい焚き付けになるだろう。
 火種は、乾いているほど燃えやすい。

「百合……だったかな。この娘を、一度こちらへ呼ぼうか。彼女が抱いているであろう夢を、ほんの一ときだけでも、東宮として叶えてあげようじゃないか」

 恒一の唇が、三日月のように吊り上がる。
 優しさの形をした施し。拒めない恩寵。
 ——そのあとに何が残るかを、彼女はまだ知らない。

「楽しみだな、暁臣。お前がどれだけ必死に、その『無華』の娘を守ろうとするのか」

 恒一は窓の外、雪が降り積む銀世界を見つめながら、手元にある簪の箱——
 暁臣が叩き返してきた、あの呪わしい贈り物を、愛おしそうに撫でた。
 木箱の角をなぞる指先は、まるで獲物の喉元を確かめるようにゆっくりと動く。