暁臣の、あのような余裕を無くした表情を引き出せたこと。
予想以上の成果に、東宮——恒一は自室の椅子に深く身を沈め、暗い愉悦とともにほくそ笑んだ。
喉の奥で、笑いにも似た息が転がる。
東宮である自分に授けられた『華』は、高貴ではあるものの、最上とは言い難い『黄薔薇』。
対して、傍系であるはずの五条家嫡男暁臣が宿したのは、絶対的な『王華』と呼ばれる『黒薔薇』。
次期天皇となるべき最上の存在であるはずの自分に、なぜ『王華』が授からなかったのか。
その残酷な事実は、恒一の心に拭い去れぬ暗い影を落とし、ときを経るごとに鋭い棘となって内側を突き刺してきた。
祝福されているはずの身で、祝福に飢えていく——その滑稽さが、また腹の底を冷やす。
昨年の園遊会後。
側近からもたらされた情報は、恒一にとって耳を疑うものだった。
「暁臣が婚約、だと?」
「はい。先日の園遊会でお連れになっていた、伯爵家の令嬢と正式に結ばれたとのことです」
確かに、あの極めて排他的な五条暁臣が、見慣れぬ娘を連れ歩いていることで一とき場が騒めいたことは記憶にある。
だが遠目に見たその姿は、ひどく小柄で、影も印象も薄い——子供のような娘。
恒一にとって、その程度の価値しか感じられない存在だった。
暁臣が宿す『黒薔薇』の『異能』は、触れるものすべてを塵芥に変える強大な力。
現天皇である恒一の父や、五条家当主が持つ『青薔薇』の加護をもってしても、その力に触れ合うことは困難とされている。
それゆえに暁臣には宮家や高位の貴族からの縁談が寄り付かず、対となる『双蕊』が見つからないまま。
それでも候補として現れる令嬢に会いはしていたようだが、いつかは力に呑まれて『蟲華』へと堕ちるだろう――。
皇族たちの間では、それが半ば当然の帰結として囁かれていた。
鷹宮家の千鶴や、他にもいくつかの宮家には『青薔薇』の加護を持つ娘がいたはずだ。
あるいは、強力な『赤薔薇』であれば、万が一にも触れることが叶うのか?
だが、暁臣が選んだのは所詮——たいした力もない、しがない伯爵家の娘だという。
その矛盾に首を傾げながらも、恒一の意識からは一度、その存在は薄れていった。
所詮は余興だ。暁臣が自滅へ向かう速度が、少し遅くなるだけ。
しかし、次に彼女をその目に捉えた祝賀会で、印象は一変した。
暁臣の背後に静かに佇むその姿。
それは、恒一がこれまで出会ってきた、教養と自尊心で塗り固められた令嬢たちとは決定的に違っていた。
寄る辺を探るような心許なさ。
見る者の庇護欲を無慈悲にかき乱す、繊細で壊れ物のような表情。
そして守り手である暁臣を見上げた瞬間にこぼれた、純粋無垢な微笑み。
——あれは媚びではない。媚びられる側を、無条件で神にしてしまう類の光だ。
何より、その左右で色が異なる不揃いな瞳に、恒一は呼吸を忘れて見入ってしまった。
やや色素の薄い焦げ茶の瞳と、もう片方の澄んだ紫。
交わらない色が、逆に目を離せなくさせる。
あれは——間違いない、『無華』だ。
予想以上の成果に、東宮——恒一は自室の椅子に深く身を沈め、暗い愉悦とともにほくそ笑んだ。
喉の奥で、笑いにも似た息が転がる。
東宮である自分に授けられた『華』は、高貴ではあるものの、最上とは言い難い『黄薔薇』。
対して、傍系であるはずの五条家嫡男暁臣が宿したのは、絶対的な『王華』と呼ばれる『黒薔薇』。
次期天皇となるべき最上の存在であるはずの自分に、なぜ『王華』が授からなかったのか。
その残酷な事実は、恒一の心に拭い去れぬ暗い影を落とし、ときを経るごとに鋭い棘となって内側を突き刺してきた。
祝福されているはずの身で、祝福に飢えていく——その滑稽さが、また腹の底を冷やす。
昨年の園遊会後。
側近からもたらされた情報は、恒一にとって耳を疑うものだった。
「暁臣が婚約、だと?」
「はい。先日の園遊会でお連れになっていた、伯爵家の令嬢と正式に結ばれたとのことです」
確かに、あの極めて排他的な五条暁臣が、見慣れぬ娘を連れ歩いていることで一とき場が騒めいたことは記憶にある。
だが遠目に見たその姿は、ひどく小柄で、影も印象も薄い——子供のような娘。
恒一にとって、その程度の価値しか感じられない存在だった。
暁臣が宿す『黒薔薇』の『異能』は、触れるものすべてを塵芥に変える強大な力。
現天皇である恒一の父や、五条家当主が持つ『青薔薇』の加護をもってしても、その力に触れ合うことは困難とされている。
それゆえに暁臣には宮家や高位の貴族からの縁談が寄り付かず、対となる『双蕊』が見つからないまま。
それでも候補として現れる令嬢に会いはしていたようだが、いつかは力に呑まれて『蟲華』へと堕ちるだろう――。
皇族たちの間では、それが半ば当然の帰結として囁かれていた。
鷹宮家の千鶴や、他にもいくつかの宮家には『青薔薇』の加護を持つ娘がいたはずだ。
あるいは、強力な『赤薔薇』であれば、万が一にも触れることが叶うのか?
だが、暁臣が選んだのは所詮——たいした力もない、しがない伯爵家の娘だという。
その矛盾に首を傾げながらも、恒一の意識からは一度、その存在は薄れていった。
所詮は余興だ。暁臣が自滅へ向かう速度が、少し遅くなるだけ。
しかし、次に彼女をその目に捉えた祝賀会で、印象は一変した。
暁臣の背後に静かに佇むその姿。
それは、恒一がこれまで出会ってきた、教養と自尊心で塗り固められた令嬢たちとは決定的に違っていた。
寄る辺を探るような心許なさ。
見る者の庇護欲を無慈悲にかき乱す、繊細で壊れ物のような表情。
そして守り手である暁臣を見上げた瞬間にこぼれた、純粋無垢な微笑み。
——あれは媚びではない。媚びられる側を、無条件で神にしてしまう類の光だ。
何より、その左右で色が異なる不揃いな瞳に、恒一は呼吸を忘れて見入ってしまった。
やや色素の薄い焦げ茶の瞳と、もう片方の澄んだ紫。
交わらない色が、逆に目を離せなくさせる。
あれは——間違いない、『無華』だ。



