【Web版】無華の花嫁3~秘めた力を狙われた少女は、黒薔薇の殿下に溺愛される~

 簪を贈る。
 それは古来より、男性が心に決めた女性へ贈る求愛の証。
 それを自身も東宮妃となる婚約者がいる身でありながら、他人の——しかも身内の婚約者に贈るなど。
 不特定多数の目に触れれば、あらぬ憶測を呼び、すみれの立場を危うくする。
 卑劣な行ために他ならない。

「おっと、素が出ているぞ。暁臣」
「誤魔化すな……すみれは俺の婚約者だ。他人が、ましてや東宮殿下が指をかけていい存在ではない」
「だから何だと言うんだ?私は東宮だ。いずれこの国のすべてを統べる者。対してお前は、所詮数ある宮家の一つに過ぎない」

 これだから、この男は嫌なんだ。
 顎をわずかに上げ、慈悲深い神のごとく見下ろしてくるその瞳。
 自分が間違っている可能性など微塵も考えず、拒絶されることなど想定すらしていない。

 立場を誇りに思う千鶴のような純粋な傲慢さとは違う。
 自らの権力が何をもたらし、どう相手を屈服させるかを冷徹に理解した上での、あまりに無邪気な暴虐。
 笑顔のまま、息を止めさせてくる。

「……すみれを望む、と仰るのですか?綾乃殿という婚約者がいながら」
「綾乃は正妃だ。内大臣の娘である彼女の座を揺るがすつもりはない。だが、それですみれを排する理由にはならないだろう?」

 そもそも、なぜすみれにそこまで固執する。
 彼女は確かに伯爵家の娘だが、家格で見れば東宮の側室としてさえ、本来は相応しくないはずだ。

「至高の地位にある私が、彼女に居場所を与えてやろうと言っているんだ。喜ばぬ者はいないだろう?お前も、彼女の幸福を願うなら、そう思わないか?」
「……勝手なことを抜かすな」

 すみれを側室、あるいは日陰の愛妾にでもするつもりか。
 あの暗く湿った蔵から、やっと陽の当たる場所で芽吹き始めたというのに。
 最悪の想像が脳裏をよぎり、奥歯がきしむ。

 もしこの男が東宮の権限を乱用し、制度をもって強引にすみれを奪おうとしたら——。
 今の俺に、どこまで彼女を守り抜ける。
 呼び出しという名目で引き離し続け、既成事実を捏造される可能性すらあるのだ。
 そう思うだけで血が冷える。

「……何が目的だ。彼女の何に魅かれている」
「おや。私がすみれを愛らしいと言った言葉に、嘘はないよ」
「まだ言うかっ」
「あとはそうだな。彼女の持つ能力に非常に興味がある。あれは私にこそ相応しい」
「なっ……!?」