「暁臣」
名前を呼び捨てにしているのに、不思議と無礼には聞こえない。
むしろ、その言葉の響き自体がこの世界の理であるかのような、抗いがたい重み。
それが、次期天皇たる東宮殿下という立場の絶対性なのだろうか。
——呼ばれただけで、空気の温度が変わる。
「お招きいただき、恐れ入ります。東宮殿下」
暁臣様が、感情を削ぎ落としたような淡々とした所作で頭を下げる。
東宮殿下はそれを受け流すように軽く頷くと、ゆったりとした動作で、次はその視線を私へと移した。
先ほど感じたものと同じ、射抜くように鋭いのに、表面だけは滑らかで柔らかい視線。
見ているのに、決して心には触れてこない。
まるで、珍しい異国の小鳥でも観察しているかのような、温度のない眼差しだった。
——私を人としてではなくただの『無華』という『現象』として見ている気がして、喉が鳴る。
「……すみれ、だったね」
鼓膜を撫でるような、優しい声音。
なのに、肺の空気をすべて抜き取られたように息が詰まる。
ただ名前を呼ばれただけだというのに、本能が警鐘を鳴らし、背筋が勝手に伸びてしまう。
教わった作法を必死で思い出し、震える膝を抑えながら、裾を引くように深く一礼した。
「再びのお招きいただき、誠にありがとうございます……」
「こちらこそ。私の誘いに応じてくれて、とても嬉しいよ」
「……過分なお言葉です、東宮殿下」
暁臣様が短く、割り込むように言葉を返す。
その声はいつもより一段と低く、私の隣に立つ彼の身体からは、隠しきれない警戒の刺々しさが伝わってきた。
肩越しに感じる熱が、いっそ頼もしい。……でも、怖い。
暁臣様がここまで警戒する相手だと、思い知らされるから。
東宮殿下は暁臣様の様子を愉しむように薄く微笑むと、控えていた女中にわずかな目配せをした。
すぐに、黒漆塗りの小さな盆が恭しく運ばれてくる。
その上には、繊細な紋様が刻まれた、細長い桐箱が鎮座していた。
視界に入った瞬間、胸の奥がひやりとする。
「ささやかだけれど。今日の記念に、私からの個人的な贈り物だ」
「東宮殿下、それは——」
名前を呼び捨てにしているのに、不思議と無礼には聞こえない。
むしろ、その言葉の響き自体がこの世界の理であるかのような、抗いがたい重み。
それが、次期天皇たる東宮殿下という立場の絶対性なのだろうか。
——呼ばれただけで、空気の温度が変わる。
「お招きいただき、恐れ入ります。東宮殿下」
暁臣様が、感情を削ぎ落としたような淡々とした所作で頭を下げる。
東宮殿下はそれを受け流すように軽く頷くと、ゆったりとした動作で、次はその視線を私へと移した。
先ほど感じたものと同じ、射抜くように鋭いのに、表面だけは滑らかで柔らかい視線。
見ているのに、決して心には触れてこない。
まるで、珍しい異国の小鳥でも観察しているかのような、温度のない眼差しだった。
——私を人としてではなくただの『無華』という『現象』として見ている気がして、喉が鳴る。
「……すみれ、だったね」
鼓膜を撫でるような、優しい声音。
なのに、肺の空気をすべて抜き取られたように息が詰まる。
ただ名前を呼ばれただけだというのに、本能が警鐘を鳴らし、背筋が勝手に伸びてしまう。
教わった作法を必死で思い出し、震える膝を抑えながら、裾を引くように深く一礼した。
「再びのお招きいただき、誠にありがとうございます……」
「こちらこそ。私の誘いに応じてくれて、とても嬉しいよ」
「……過分なお言葉です、東宮殿下」
暁臣様が短く、割り込むように言葉を返す。
その声はいつもより一段と低く、私の隣に立つ彼の身体からは、隠しきれない警戒の刺々しさが伝わってきた。
肩越しに感じる熱が、いっそ頼もしい。……でも、怖い。
暁臣様がここまで警戒する相手だと、思い知らされるから。
東宮殿下は暁臣様の様子を愉しむように薄く微笑むと、控えていた女中にわずかな目配せをした。
すぐに、黒漆塗りの小さな盆が恭しく運ばれてくる。
その上には、繊細な紋様が刻まれた、細長い桐箱が鎮座していた。
視界に入った瞬間、胸の奥がひやりとする。
「ささやかだけれど。今日の記念に、私からの個人的な贈り物だ」
「東宮殿下、それは——」



