ずっと胸の中にあった素朴な疑問を口にしてみた。
口に出した瞬間、自分でもおかしいくらい緊張して、指先がカップの縁をそっとなぞる。
暁臣様のご実家である本宅は、伝統的な和洋折衷の重厚なお邸だった。
けれど、今私たちが暮らしているこの邸は、ほとんどが洋室で構成されている。
床に敷き詰められた幾何学模様の絨毯、窓辺を飾る複雑な意匠のカーテンや照明……。
和室は離れにある茶室と、他にごく数室あるのみ。
「そうだな。多感なとき期に英国に留学していたから、こちらの方が馴染みがあるのかもしれない」
「えいこく……?」
「あぁ。十三の頃から、四年ほどな」
四年間も、海の向こうの知らない国で過ごされていたなんて。
私がずっとあの狭く暗い蔵の中で、そこが世界のすべてだと信じ込んでいたそのとき。
暁臣様は広い海を渡り、見たこともない景色の中で生活をされていたのだ。
同じ年頃の頃のはずなのに、彼の時間は、私の時間より遥かに広い。
私の知らない、暁臣様の二十年という月日。
もっと早くお会いできていたら。
もっと多くの時間を共に過ごし、思い出を重ねることができていたら。
仕方のないことだと分かっていても、埋めようのない時間の溝に、どうしようもなく胸が寂しさで疼いてしまう。
——私が知らない暁臣様が、たくさんいる。それが少し、寂しい。
「……すみれ、行きたい国はあるか?」
「えっ?」
「英国でも、仏蘭西でも、米国でも。お前が望む場所なら、どこへでも」
海外……。
私が、異国の地に?
『どこへでも』と言われた瞬間、あまりに想像の範疇を超えた話に、目の前が真っ暗になるような眩暈を覚えた。
海。船。知らない言葉。知らない街。
私一人で、そんな遠い場所へ放り出されてしまったら——。
「……もちろん、俺と一緒に、だ」
けれど、すぐ後に続いたその一言で、言葉の意味が劇的に変わる。
不安で凍りつきそうだった胸が、一気に温かな安心感に包まれた。
彼の『一緒に』は、約束だ。置いていかないという、当然の約束。
「……はい。ご一緒に……どこへでも、参ります」
暁臣様は、私を独りぼっちにはさせない。
どこへ行くにも、私の手を引いてくださる。
その手がある限り、世界は怖いだけの場所ではなくなる。
二人で眺める異国の空。
まだ全く想像がつかなくて少し怖いけれど、彼の手を握ってさえいれば、私の世界はどこまでも広く、鮮やかに開けていくのだと確信できた。
腕時計の針が刻む音が、今は少しだけ誇らしく聞こえる。私の時間が、確かに前へ進んでいる。
口に出した瞬間、自分でもおかしいくらい緊張して、指先がカップの縁をそっとなぞる。
暁臣様のご実家である本宅は、伝統的な和洋折衷の重厚なお邸だった。
けれど、今私たちが暮らしているこの邸は、ほとんどが洋室で構成されている。
床に敷き詰められた幾何学模様の絨毯、窓辺を飾る複雑な意匠のカーテンや照明……。
和室は離れにある茶室と、他にごく数室あるのみ。
「そうだな。多感なとき期に英国に留学していたから、こちらの方が馴染みがあるのかもしれない」
「えいこく……?」
「あぁ。十三の頃から、四年ほどな」
四年間も、海の向こうの知らない国で過ごされていたなんて。
私がずっとあの狭く暗い蔵の中で、そこが世界のすべてだと信じ込んでいたそのとき。
暁臣様は広い海を渡り、見たこともない景色の中で生活をされていたのだ。
同じ年頃の頃のはずなのに、彼の時間は、私の時間より遥かに広い。
私の知らない、暁臣様の二十年という月日。
もっと早くお会いできていたら。
もっと多くの時間を共に過ごし、思い出を重ねることができていたら。
仕方のないことだと分かっていても、埋めようのない時間の溝に、どうしようもなく胸が寂しさで疼いてしまう。
——私が知らない暁臣様が、たくさんいる。それが少し、寂しい。
「……すみれ、行きたい国はあるか?」
「えっ?」
「英国でも、仏蘭西でも、米国でも。お前が望む場所なら、どこへでも」
海外……。
私が、異国の地に?
『どこへでも』と言われた瞬間、あまりに想像の範疇を超えた話に、目の前が真っ暗になるような眩暈を覚えた。
海。船。知らない言葉。知らない街。
私一人で、そんな遠い場所へ放り出されてしまったら——。
「……もちろん、俺と一緒に、だ」
けれど、すぐ後に続いたその一言で、言葉の意味が劇的に変わる。
不安で凍りつきそうだった胸が、一気に温かな安心感に包まれた。
彼の『一緒に』は、約束だ。置いていかないという、当然の約束。
「……はい。ご一緒に……どこへでも、参ります」
暁臣様は、私を独りぼっちにはさせない。
どこへ行くにも、私の手を引いてくださる。
その手がある限り、世界は怖いだけの場所ではなくなる。
二人で眺める異国の空。
まだ全く想像がつかなくて少し怖いけれど、彼の手を握ってさえいれば、私の世界はどこまでも広く、鮮やかに開けていくのだと確信できた。
腕時計の針が刻む音が、今は少しだけ誇らしく聞こえる。私の時間が、確かに前へ進んでいる。



