「どうした?気に入らなかったか」
「……いえ、そんな……。なんだか、胸がいっぱいで……開けるのが、もったいなくて」
「お前に使ってもらわないと、箱も中身も、それこそ可哀想だ」
すみれは箱を膝に乗せ、震える細い指先でリボンを解いた。
宝石でも扱うかのような手つきで、遠慮がちに蓋を開ける。
呼吸まで慎重で、俺の方が息を止めてしまう。
「……これ、は……腕時計、ですか?」
「あぁ。俺が愛用しているのと同じ工房に、女性向けに特注して作らせた」
「同じ……」
「すみれ、腕を貸してくれ」
その小さな手を取り、箱から取り出した腕時計を彼女の左手首に添えた。
特別に細く作らせたはずのベルトの穴が、一番奥で留めてもなお、わずかに余る。
以前より食事が摂れるようになったと喜んでいたが、実態はまだ、健康な女性の半分にも満たない細さだ。
掌に伝わるその骨の感触に、あらためて彼女の儚さを思い知らされ、胸が締め付けられるような心配に駆られる。
俺は、足りない。もっと守りたい。もっと暖めたい。
もっと、ちゃんと——。
「……よく似合っている」
「こんなに……繊細で、綺麗なもの。私が身につけても、よいのでしょうか……」
すみれの手を取り、甲にそっと唇を寄せた。
これからの彼女の人生が、光に満ちたものであるように。
苦痛に震える秒針ではなく、愛に満ちたときを俺と共に刻んでいけるように。
そんな願いを、言葉にせずとも伝えたくて、唇を離すのが惜しくなる。
「すみれ。今まで、お前は数え切れないほどの苦難を一人で背負ってきたはずだ。俺の傍にいることで、これからも不自由や、心ない言葉を浴びることもあるかもしれない」
本当なら、俺のような男ではなく、もっと平穏な身分の男と縁を結んだほうが、彼女にとっては健やかな生活が約束されただろう。
そんなことは、百も承知だ。
だが、俺はもう、彼女を手放すことができない所まで来てしまった。
この腕の中の温もりを失えば、俺はまた冷たい場所に戻る。
——そんな気がしてならない。
「それでも、お前が笑っていられるよう、俺が一生をかけて傍で守ると約束する」
「暁臣様……」
「俺と、同じときを過ごしてくれ……いいな?」
すみれの虹彩に輝く瞳が大きく揺れ、やがて大粒の涙が零れ落ちた。
彼女が俺の前で涙を見せたのは、あの蔵から救い出し、お邸に留まるよう告げたとき以来、二度目のことだ。
泣き方が、声を殺している。
泣くことさえ許されなかった癖が、まだ残っている。
「……私、ずっと……暁臣様とご一緒に……いたくて……それだけで、幸せなのに」
細く華奢な体を抱き寄せると、彼女は素直に俺の胸にもたれかかってきた。
この小さな体で、これまで『無華』という過酷な運命をたった一人で耐えてきたのかと思うと、彼女を傷つけたすべてに対して底冷えするような怒りが込み上げる。
だが、その不幸があったからこそ、彼女は誰にも見つからず、汚されず、俺と出会えたのもまた事実なのだ。
——それが一番、醜い。
救ったと思いながら、奪っている。
「こんな……贅沢な……欲張りになってしまいます……」
「贅沢などであるものか。もっと欲張りになってもいいくらいだ」
頬に手を添えると、彼女は潤んだ瞳で俺を見上げ、吸い寄せられるようにゆっくりと瞼を閉じた。
外では、雪が相変わらずしんしんと降り積もっている。
互いの鼓動と体温を確かめ合うように、俺たちは深く、静かに身を寄せ合った。
暖炉の火が爆ぜる音が、妙に近い。——世界が二人ぶんだけに狭まっていく。
「……いえ、そんな……。なんだか、胸がいっぱいで……開けるのが、もったいなくて」
「お前に使ってもらわないと、箱も中身も、それこそ可哀想だ」
すみれは箱を膝に乗せ、震える細い指先でリボンを解いた。
宝石でも扱うかのような手つきで、遠慮がちに蓋を開ける。
呼吸まで慎重で、俺の方が息を止めてしまう。
「……これ、は……腕時計、ですか?」
「あぁ。俺が愛用しているのと同じ工房に、女性向けに特注して作らせた」
「同じ……」
「すみれ、腕を貸してくれ」
その小さな手を取り、箱から取り出した腕時計を彼女の左手首に添えた。
特別に細く作らせたはずのベルトの穴が、一番奥で留めてもなお、わずかに余る。
以前より食事が摂れるようになったと喜んでいたが、実態はまだ、健康な女性の半分にも満たない細さだ。
掌に伝わるその骨の感触に、あらためて彼女の儚さを思い知らされ、胸が締め付けられるような心配に駆られる。
俺は、足りない。もっと守りたい。もっと暖めたい。
もっと、ちゃんと——。
「……よく似合っている」
「こんなに……繊細で、綺麗なもの。私が身につけても、よいのでしょうか……」
すみれの手を取り、甲にそっと唇を寄せた。
これからの彼女の人生が、光に満ちたものであるように。
苦痛に震える秒針ではなく、愛に満ちたときを俺と共に刻んでいけるように。
そんな願いを、言葉にせずとも伝えたくて、唇を離すのが惜しくなる。
「すみれ。今まで、お前は数え切れないほどの苦難を一人で背負ってきたはずだ。俺の傍にいることで、これからも不自由や、心ない言葉を浴びることもあるかもしれない」
本当なら、俺のような男ではなく、もっと平穏な身分の男と縁を結んだほうが、彼女にとっては健やかな生活が約束されただろう。
そんなことは、百も承知だ。
だが、俺はもう、彼女を手放すことができない所まで来てしまった。
この腕の中の温もりを失えば、俺はまた冷たい場所に戻る。
——そんな気がしてならない。
「それでも、お前が笑っていられるよう、俺が一生をかけて傍で守ると約束する」
「暁臣様……」
「俺と、同じときを過ごしてくれ……いいな?」
すみれの虹彩に輝く瞳が大きく揺れ、やがて大粒の涙が零れ落ちた。
彼女が俺の前で涙を見せたのは、あの蔵から救い出し、お邸に留まるよう告げたとき以来、二度目のことだ。
泣き方が、声を殺している。
泣くことさえ許されなかった癖が、まだ残っている。
「……私、ずっと……暁臣様とご一緒に……いたくて……それだけで、幸せなのに」
細く華奢な体を抱き寄せると、彼女は素直に俺の胸にもたれかかってきた。
この小さな体で、これまで『無華』という過酷な運命をたった一人で耐えてきたのかと思うと、彼女を傷つけたすべてに対して底冷えするような怒りが込み上げる。
だが、その不幸があったからこそ、彼女は誰にも見つからず、汚されず、俺と出会えたのもまた事実なのだ。
——それが一番、醜い。
救ったと思いながら、奪っている。
「こんな……贅沢な……欲張りになってしまいます……」
「贅沢などであるものか。もっと欲張りになってもいいくらいだ」
頬に手を添えると、彼女は潤んだ瞳で俺を見上げ、吸い寄せられるようにゆっくりと瞼を閉じた。
外では、雪が相変わらずしんしんと降り積もっている。
互いの鼓動と体温を確かめ合うように、俺たちは深く、静かに身を寄せ合った。
暖炉の火が爆ぜる音が、妙に近い。——世界が二人ぶんだけに狭まっていく。



