茶会が始まると、テーブルには季節の花の名を冠した繊細な菓子が並べられた。
淡い湯気を立てる茶碗からは、高貴な香りが立ち昇る。
甘い香りに救われるはずなのに、舌の奥が渇いて、味が分からない。
けれど、周囲のざわめきの中から時折放たれる、値踏みするような視線を感じるたびに、私は逃げ出したくなる衝動に駆られる。
笑っているのに目だけが冷たい人。
囁き合いながら、私の左右の瞳を確かめるように視線を滑らせる人。
俯いてしまいそうになる心を必死で繋ぎ止め、私は縋るように暁臣様の方を向いた。
彼の存在を瞳に映すだけで、ようやく顔を上げていられる。
——大丈夫。ここにいるのは私だけじゃない。
「暁臣。茶は楽しめているかな?」
「——東宮殿下。この度はご婚約、誠におめでとうございます」
不意に声をかけられ、暁臣様が立ち上がるのに合わせて私も慌てて椅子を引いた。
布が擦れる音がやけに大きく聞こえて、心臓が跳ねる。
東宮殿下は柔和な笑みを浮かべている。
けれど、なぜだろう。
彼は暁臣様と話しているはずなのに、その視線は暁臣様を通り過ぎるように、私の中身をじっと覗き込んでいるような、奇妙な感覚に陥る。
肌を撫でられるのではなく、私自身の形を確かめられるような——逃げ場のない見方。
「暁臣、そちらが例の……?」
「はい。私の婚約者になります」
「……あ、朝霞すみれと申します。この度はおめでとうございます」
言葉を絞り出すが、視線が怖い。
それは『無華』の瞳を蔑むような露骨な嫌悪ではない。
もっと、蛇に絡め取られるような、湿度のようなものと、逃げ場のなさを感じる視線。
下げた頭が金縛りにあったように動かせずにいると、背中にふわりとした暁臣様の温もりを感じた。
衣越しに触れる掌の熱。たったそれだけで、息が戻る。
その掌の熱に、ようやく金縛りが解けたように顔を上げることができた。
「そうか。図らずも同時期に婚約した身だ。互いに支え合わねばな。綾乃、挨拶を」
「すみれ様、近衛 綾乃と申します。お見知りおきを。よろしくお願いいたしますね」
間近で拝見する綾乃様は、千鶴様とはまた系統の違う、完成された美しさを持っていた。
ゆるやかに流れる真珠のような髪。
指先まで神経の行き届いた、非の打ち所がない所作。
この世に、これほどまでに優雅で、光り輝いて見える人が実在するなんて。
同性である私ですら、思わず見惚れてしまう……
「……よ、よろしくお願いいたします。朝霞すみれです」
挨拶を終え、風のように立ち去っていくお二人の後ろ姿を、ただ呆然と見送った。
拍手の残響が、遠くでまだ鳴っている。
かつて、千鶴様のようにならなければと焦って、浅はかな真似をしてしまった自分が顔を覗かせる。
もしも私が、あの綾乃様のように完璧に振る舞えたなら。
そんな、叶わぬ願いで頭がいっぱいになりかける。
また、同じ穴に落ちる。そう分かっているのに、癖みたいに手を伸ばしたくなる。
けれど——暁臣様は言ってくれたはずだ。
『すみれはすみれのままでいいんだ』と。過去の自分に引きずられてはいけない。
私なりに、私の精一杯で、彼の隣に立てる方法を探さなければ。
完璧じゃなくていい。逃げないことだけ、今日の私の役目だ。
不安を振り払うように隣を見上げると、暁臣様と視線がぶつかった。
一瞬、言葉はないのに通じるものがあって、胸の奥が少しだけ温かくなる。
淡い湯気を立てる茶碗からは、高貴な香りが立ち昇る。
甘い香りに救われるはずなのに、舌の奥が渇いて、味が分からない。
けれど、周囲のざわめきの中から時折放たれる、値踏みするような視線を感じるたびに、私は逃げ出したくなる衝動に駆られる。
笑っているのに目だけが冷たい人。
囁き合いながら、私の左右の瞳を確かめるように視線を滑らせる人。
俯いてしまいそうになる心を必死で繋ぎ止め、私は縋るように暁臣様の方を向いた。
彼の存在を瞳に映すだけで、ようやく顔を上げていられる。
——大丈夫。ここにいるのは私だけじゃない。
「暁臣。茶は楽しめているかな?」
「——東宮殿下。この度はご婚約、誠におめでとうございます」
不意に声をかけられ、暁臣様が立ち上がるのに合わせて私も慌てて椅子を引いた。
布が擦れる音がやけに大きく聞こえて、心臓が跳ねる。
東宮殿下は柔和な笑みを浮かべている。
けれど、なぜだろう。
彼は暁臣様と話しているはずなのに、その視線は暁臣様を通り過ぎるように、私の中身をじっと覗き込んでいるような、奇妙な感覚に陥る。
肌を撫でられるのではなく、私自身の形を確かめられるような——逃げ場のない見方。
「暁臣、そちらが例の……?」
「はい。私の婚約者になります」
「……あ、朝霞すみれと申します。この度はおめでとうございます」
言葉を絞り出すが、視線が怖い。
それは『無華』の瞳を蔑むような露骨な嫌悪ではない。
もっと、蛇に絡め取られるような、湿度のようなものと、逃げ場のなさを感じる視線。
下げた頭が金縛りにあったように動かせずにいると、背中にふわりとした暁臣様の温もりを感じた。
衣越しに触れる掌の熱。たったそれだけで、息が戻る。
その掌の熱に、ようやく金縛りが解けたように顔を上げることができた。
「そうか。図らずも同時期に婚約した身だ。互いに支え合わねばな。綾乃、挨拶を」
「すみれ様、近衛 綾乃と申します。お見知りおきを。よろしくお願いいたしますね」
間近で拝見する綾乃様は、千鶴様とはまた系統の違う、完成された美しさを持っていた。
ゆるやかに流れる真珠のような髪。
指先まで神経の行き届いた、非の打ち所がない所作。
この世に、これほどまでに優雅で、光り輝いて見える人が実在するなんて。
同性である私ですら、思わず見惚れてしまう……
「……よ、よろしくお願いいたします。朝霞すみれです」
挨拶を終え、風のように立ち去っていくお二人の後ろ姿を、ただ呆然と見送った。
拍手の残響が、遠くでまだ鳴っている。
かつて、千鶴様のようにならなければと焦って、浅はかな真似をしてしまった自分が顔を覗かせる。
もしも私が、あの綾乃様のように完璧に振る舞えたなら。
そんな、叶わぬ願いで頭がいっぱいになりかける。
また、同じ穴に落ちる。そう分かっているのに、癖みたいに手を伸ばしたくなる。
けれど——暁臣様は言ってくれたはずだ。
『すみれはすみれのままでいいんだ』と。過去の自分に引きずられてはいけない。
私なりに、私の精一杯で、彼の隣に立てる方法を探さなければ。
完璧じゃなくていい。逃げないことだけ、今日の私の役目だ。
不安を振り払うように隣を見上げると、暁臣様と視線がぶつかった。
一瞬、言葉はないのに通じるものがあって、胸の奥が少しだけ温かくなる。



